2009年6月27日 (土)

自己認識

人というのは、本当に色々な要素をもっているもので、

例えば、

「私は人の人の気持ちがわからないので人間関係が長続きしない」

と悩み、自分に自信をなくしている人に、

「そんなことはない、あなたの魂はこれまでに多くの事を経験してきているので、
みんなよりもかなり大人性格なのです。
だから周りの人が一目置いてしまっているだけなので、
何もわからない孫たちと接するような、
寛容な気持ちで付き合うようにしてみてください。」

と、こんな会話をしたとすると、
やっぱり自分はダメだと思う癖のあった人が、
一ヵ月後にはびっくりするぐらい引き締まった顔をして、
別人になって現れることがあります。

また、自信満々だった人が自分の意見を言えなくなってしまうといった
この逆パターンもあります。

このぐらい自己認識というのは曖昧で、
他人の意見や態度に左右されるもろいものです。

自分はこういう人です、という決定的なものなどないのですから
占いの種類によって出されるさまざまなタイプ論などをヒントに、
いろんな人を演じてみるのもおもしろいものです。

今の自分にぴったり合うものを演じた時、
体中の血が生きいきと活性化されだして、
未来のビジョンなども描きやすくなったりしますので、
そう感じるものがあったら、それを数年でもやってみるのです。

ちなみに私は今、みずがめ座の星を演じるのが楽しくて、
テロリストなどとあだ名をつけられるとうれしくなってしまいます。
しかし30代半ばぐらいまでは、
うお座的な同情心や犠牲的精神などをウリにしたいと思っていたこともあったりして、
それを今やれ、と言われても、
それも悪くないけど、
なんだかそれだけじゃ楽しくないと思ったりしております。

人の脳がわずか数%しか使われていないと言われているように、
人の性格論なども、脳みそと同じぐらいのパーセンテージしかわかっていません。

ですから
「自分のここを直そう」とか「ダメだ」とか、
あんまり深刻に悩まないことです。
時間もったいないですから。




















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2009年6月23日 (火)

みなもと

セックスには愛が必要ですが、

愛にセックスが必要というわけではありません。

大切なのは呼吸です。














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かっこいい女

『かっこいい女になってくれ』

と、生徒さんの一人が夫に言われたそうです。

これが男性の本音です。

女性は、強くたくましく、かっこよく生きなければです。

『三歩さがって影踏まず』

『あなた色に染まります』

いつまでもこんな幻想にとらわれていたら、
男性はますますくたびれ果てて、
性のエネルギーも消沈してしまいます。

今のだらしない社会、
もしかしたらこんな洗脳をした過去に対する
密かなる男性の反抗かもしれない。

ツバメを10人ぐらい囲えるような
『粋な女』を目指して欲しいものですね~。























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2009年6月22日 (月)

愛の循環

愛に満ちあふれると、
人は憎しみや嫉妬からは解放されます。

愛のめぐりが滞って来ると、
あの幸福な人格者は姿を消して、
心が悪意に満ちてしまったり、
ジェラシーや独占欲や支配欲の奴隷になってしまいます。

このとき、無理に自分を抑えないで、
とことんエゴのかたまりになって、
暴れてみるといいです。

さんざん好き放題やってみると、
どれだけ自分は愛に満たされていたのだろうということが、
イヤというほど実感できます。

30才を超えたら、魂は血縁とは独立します。
親や育った環境はもう関係ないのです。

もともと生まれ持った魂を、これまでの環境から解放させるには、
他人からみると信じられないとか、
誰々さんらしくない、などと言われるような、
自分の中にあるもう一人の秘密にしておきたかった自分を表に出すのが、
けっこう近道だったりするのです。

ようやくそのとき、
魂とともに生きるスタート地点に立つことができるし、
愛も休みなく循環しだします。

愛が止まってしまったと思ったら、
人に嫌われるようなことをあえてしてみるといいよということです。

間違っても、育った環境のせいなどにして、
自分には愛情が足りないだとか、薄いなどと思ってはいけないです。
誰でも愛はあふれるほどもっています。



















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2009年6月17日 (水)

目覚める前に

自分のことを知りたい、気づきを得たいという動機で、

何かを学ぼうとする人は多くいますが、

実際そういう人と会って話をしてみると、

自分のことを知ってほしい、気づいて欲しい、

といった気持ちを強く持っています。

まずはその欲求を満たすことから始めます。














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2009年6月16日 (火)

天と地と人と何か

占いの星の解釈のしかたは、

自分の経験に基づく考えや感覚に合う理論だけ手にとって、
他は捨ててしまうという、
自分に占いの星を当てはめる方法と、

過去の経験や内なる自分の存在を否定してまでも、
占いの結果に自分を合わせて一時の安心感を得るという、
占いの星に自分を当てはめる方法と、

極端に分けるとこの二つになるのですが、
この二つのどちらかに偏っている限り、
いつまで経っても、
あちら側か、こちら側といった視点でしか物事を理解することができず、
全体を把握し、なおかつ個人を認めていく心構えを持つのも難しくなります。

自分中心に考えれば、全体や周囲に対する意識がかすみ、
逆に、全体や周囲に重きを置けば、個人の存在がないがしろにされかねないです。

こういった二極化的な考え方が、
私たちの成長を阻んでいる面があるのは、だいぶ分かってきていることですが、
知るとか頭で分かるのと、それを克服するのとはまったく違って、
こういった二極化の世界から完全に自由になっている人は、
私は見たことがないし、いたとしても本当に少ないだろうと思います。

だからこそ、それに取り組んでいく楽しさがそこにはあるのですが、
天と地の間に人がある、という考え方があるように、
何が天で何が地なのかを日常生活に当て込むことも、
二極の中心に立つ練習にはなると思います。

先ほどの占いに対する関わり方にしても、
自分に占いの星を合わせる方法を、地からのメッセージとし、
占いに自分を合わせる方法を、天からのメッセージとすることもできます。

ここで「天からのメッセージ」などという
格好のいい当て言葉に惑わされないで、
天と地と人との状態や関係などを
あちこち探してみるのも楽しい作業です。

昨日は天だったものが、
今日は地になっているとか、
あの人には天のモノが、自分にとっては地だった
などということもあります。

あるがままを見る、

二極化から解放されるにはこれが求められますが、
そのための技法を模索している限り、
なかなか近づけない領域でもあることは確かです。
それを言ってしまうと、すべてが空しく無に等しい、
となってしまいますが、
客観性を養うには、一つの練習にはなると思います。





















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2009年6月14日 (日)

モノクロ写真

例えばカラー写真よりもモノクロ写真のほうが印象を揺さぶられ、

多くのことを語りかけて来るように感じる人は多いと思います。

こういった感覚を占いに当てはめてみると、

細部をミクロ的に色付けして解明していくのもいいですが、

シャッターを切った今の自分をモノクロ的に受け入れて、

色づけは自分で自由に膨らませてみたほうが、

かえって、己に向き合う根拠のようなものができて、

色彩に惑わされない本質を発見できたりするものです。

精度が増せば増すほど、

見えなくなってくるものもあるということです。

答えなんて、教えてもらわないほうがよっぽど楽しいし、

出来がいいものほど、何だか疑わしい。
















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2009年6月11日 (木)

渇き

時間とか空間とかというものが存在する限り、

終わりという表現は使いたくないといつも感じるのですが、

ただ時々、限度というか、境のようなものを迎えるときがあって、

そのときに、どこかか、もしくは全体がいっとき空になる。

空になると、のどが渇くような渇望感が生まれ、

渇けば渇くほど、欲しくなる。

そうすると、どこからか活力のようなものが出てくるのですね。

こんな状態のとき、人はたまらなくセクシーになると思います。












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2009年6月 8日 (月)

エイミーヒロ

http://eimihiro.hanagumori.com/index.html

おすすめブログです。

この方は今年の春、冷え切った夫との生活に見切りをつけて、
別居を始めた主婦の方です。

彼女には、彼がいました。

初めに会ったころは、彼がいることなんて絶対人には言えないと、
誰にも言わないでくれと、頑なに秘密にしていましたが、
今は、別居に至るまでと現在の様子を
このブログに包み隠さず正直につづっています。

彼女のした行為は、一般常識とか世間という催眠にかかっている人には
かなり許せない行いとして映るかもしれませんが、
自分がしたことを、ブログ上に公表することによって、
誹謗中傷の真っ只中に自ら飛び込み、
煮るなり焼くなり好きなようにしてくれといった、
開き直りと、ある種の覚悟がここには見て取れます。

自分を大切にした結果です。

彼女はこれからもっともっと、
子供や別居中の夫、
今付き合っている彼、
世間体を重んじる母、
そして自分自身を愛することができるようになります。












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呼吸

「やりたいことをやったほうがいい」

いつも私はこう話すのですが、
そうは言っても、今おかれている環境や身近な人のことなどに一切かまわず
やりたいことをやるというのはかなり難しいとか、
それはやってはいけないことだと思っている人が多くいるのが現実です。

私がこう話して、即座に「難しい」とか「それは無理」などと思ってしまう人は、
「やりたいこと」というのが明確になっていないとか、
まだその思いが沸騰するほど煮詰まっていない状態のことが多いのですが、

「本当にそんな勝手なことしてうまく行くかな~」などと、
不信感を抱きながらも付き合いが半年以上続く人というのは、
ある時、何らかの機会を見つけ、
あれほど無理だと思っていた世界に大きくジャンプしてくれるのです。

このときに、
「うまくやろう」とすればするほど、望みに反して
最悪の出来事や、行き詰まりを経験することになり、
「やっぱりやりたいことをやったからバチが当たったんだ」などと、
最悪のパターンに、あきらめと挫折の道を探し始めたりもするのですが、

それでも全身大粒の涙を流しながらも、
その道を突き進むことができれば、
うまくやろうとしていたことなどすっかり忘れてしまって、

今度はあれだけ遠くにいた、なりたかった自分が、
すぐそこまで来ていることに気づき、明かりがさしてくるのです。

これは経験しないとわからないことですが、
最悪の事態という『闇』を突き抜けることによって、
進化という『光』に出会うことができるのです。

『光と闇』とは、陰と陽であり、
吐き出したり吸収したりを繰り返す呼吸と同じで、
これを繰り返せば繰り返すほど、
命というのは燃え盛っていくことになるのだと私は思っています。

とりたてて進化にとらわれすぎる必要はないですが、
やりたいことがあるのなら、なりたい自分がいるのなら、
闇を恐れて呼吸をとめてはいけないよ、ということです。














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2009年6月 7日 (日)

解放運動

女性が自由にたくましく生きていくことを選び始めたら、
男性ももっと自由に個性を発揮することができます。

例えば夫婦の場合、
あなたに合わせるから、お給料運んできてね、
では、男性は社会の常識や理不尽な上司の言いなりにならなければ
家族を養うだけのお給料を運ぶことはできない人が大半で、
一生浮かばれない。

最近の男はだらしないのではなくて、
女性が男性に媚びたり寄りかかっている態度と同じことを、
男性も社会に対して言いなりになったり、媚びたりしてしまう、

女性が少しでも自立心を養う努力をすれば、
満員電車に揺られている顔色の悪い男性も、
少しは、
「何かあったら上司にケツまくってもいいかも・・・」
と人生に希望が持てる可能性があります。

支えあうのと、寄りかかるのはまったく違います。

例えば家庭の主婦に、
今から働き口を見つけて経済的に自立しろ、
といっているのではなく、
何があっても私は生きていける、
ぐらいの精神的な自立心をもてるよう、
自分を信じる力を何かの形で得ることが大切です。

女性は柔軟です。
変化や状況の対応能力は
男性より女性のほうがはるかに高いです。
そういった意味からも、女性は強い生き物です。

女性が変われば男性も変わり、社会も変わります。

女性が変わらないのに男性が変わるのは無理です。

まずは女性が、常識や世間体などから解放されて、
もっと元気に、そして自由にやりたい放題したほうがいいです。
失敗しても痛い思いをしたとしても、
立ち直る思考回路は男性よりもしっかりと持っています。

やりたいことをやっている女性のほうが、
愛する男性をしっかりと支えてあげることができます。




















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2009年6月 5日 (金)

神さまの贈り物

本当にどん底というか、ひどい精神状態のときに、
神に祈りを捧げる心の余裕のある人はいるのだろうか。

神に祈りを、と思えるほど余裕のない切羽詰った状態のときこそ、
最高の神の贈り物をもらっているときではないだろうか。

今日の生徒さんは、そんな風に私に教えてくれました。
















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2009年6月 4日 (木)

決まらないとき

何かを決断しようとしても決まらないときは、
何かに期待しすぎている証拠でもあるのです。

決断力のない人、
決断できない時期などは、
その決断しなければならない事柄よりも、
もっともっと下のほうにある
何かに期待している欲の部分に目を向けた方がいいです。

欲求不満や優柔不断のモトがよくみえてきます。













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2009年5月25日 (月)

栄養のとりすぎ

身体のどこかに腫れ物ができるとか、
女性の更年期によくある、子宮筋腫や卵巣脳腫などの病気は、
栄養の取りすぎが原因のことがよくあるというのは、
最近ではよく言われています。

空腹じゃないのに食べる、時間だから食べるといった、
身体の感覚を無視した習慣は結構恐ろしいもので、
時代的な洗脳のひとつだとも言えると思いますが、
感情と知性というのは、こういった洗脳にみごとにやられます。

栄養を取らないと恐ろしい病気になるぞ、と感情を脅して、
一日30品目の食品を食べろだとか、
栄養学的な観点や医学的な方面から理論的に言われてしまえば、
勉強のできる人ほど、いっぱつで引っかかってしまう。

身体はおきざり。

知性はまだ、
人間の身体や感情の発達に追いついていないと私は思っているのですが、
勉強、勉強などといって
外からの情報ばかりを身体に取り込んでいると、
どんどん身体がおかしくなって、頭もわるくなります。
知識ばかりが詰まっている人と話をしても、少しも楽しくない。

トマトの何とかという成分が老化防止にいいだとか、
肉は血を汚すだとか、納豆を毎日食べろだとか、
外の情報を無視しろというわけではないですが、
たとえ毎日同じものを食べる日が何日も続いたとしても、
自分の身体が欲するものを素直に取り入れていけば、
たいてい健康でいられるはずなのです。

内なる声に耳を傾けて、などというと、
何だか気持ち悪い瞑想集団を想像してしまうこともありますが、
これはやっぱりとても大切なことで、
ためしに動物みたいに、四足で歩いてみるとか、
あーだとか、うーだとかしか言わないで
人と会話してみると、身体の出番が来ておもしろいとも思う。

占いも同じで、
あまり知識を頭に入れすぎると、脳みそが化膿してしまうので、
その人自身を見ることを忘れないようにしてほしいです。














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2009年5月22日 (金)

誰が言うか?

「何を言うか、ではなく、誰が言うか」

例えば、隣りのおばさんに、
毎日軽い運動をしろって言われても少しも耳に入らないのに、

尊敬している人が言うと、いっぱつでからだに刻まれ、やろうと思う。

何故こんな事を書くかというと、

人が耳を傾けてくれるような人物になろう!
そういった説得力のある人間になるために、
日々、精進を重ねよう・・・・、

と言いたいのではなく、

そのぐらい、毎日の生活でお知らせがあるはずなのに、

気がつかないでいる、ということなのです。



「誰が言うか」、

なんて領域からはなるべくはやく自由にならないと、

何かに気がつくのに時間がかかってしょうがない。

しかし、発する言葉のエネルギーが違うのは確かにあるだろう。

進化を求める人は、

自分よりも高い波動ばかりに焦点をあわせがちだが、

今、そこにも、進化の材料はうごめいている。

これは、自分に向けて書いているともいえる。

意識を限定しないで素直に開いていきたいと思うのです。






















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2009年5月20日 (水)

自分勝手

会社が面白くないな、と感じている人は、無断欠勤してみたり、
まったく違う業種に転職したり、会社にだまって副業などを始めてみるなど、
(もっと過激でもいいです)ルールを破ってみるといいですし、
家庭が面白くないな、という場合は家出をしてみるといいです。

過激なことをして嫌われたり避難浴びたりするのは、ちょっと・・・と思いますが、
その方が、これまでの自分を脱皮するのに
踏ん切りついたり、未練を残さずにすむなど、
かえって都合がよかったりするのです。


周りがつまらない、
そう思いながら、そこでズルズルと生きていると、
自分もつまらない人間になってしまうのは、どうしても避けられないですから、
自分勝手に生きる癖をみんなつけた方がいいです。

自分勝手に生きると、自分のケツは自分で、
となるので責任感ももつことが出来るようになるし、
周りがみんな自己責任において
好き勝手なことやっているヤツばかりになってくるから、
ちょっとぐらい変なことをしても不思議がられないです。

自由です。
ですから、自分の眠っていた可能性のようなものを、
探り当てやすくもなるのです。

ある程度一人で動けるようになった子供とか、主婦の人なんか、
人目とか、失敗するんじゃないかなんて怖がらないで、
どんどん自分勝手に生きた方が、
それにつられて、世間の縛りを一番受けやすい親や男性も、
勇気を持つことができるようになると思う。

そのほうが変なニュース、減ると思うんだけどな。













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2009年5月19日 (火)

器とは

昨晩、一度カウンセリングをしたことがある女性から電話をいただき、
『彼と別れました』、という報告をもらいました。

この方は、彼と一緒にカップルでお見えになって、
今後の二人の事を相談したいと言ってきたのですが、
どうも二人の間にちぐはぐな風が吹いていて、
「二人で生きていくために相談に来ました!」的な勢いを感じることができず、
ひとまず質問されたことに対してだけ答えて、帰っていただきました。

私としては、どうも二人のバランスが悪いという印象が強く、
後日、相談を持ちかけてきた女性のほうにだけ、

『無理して男性に合わせる必要はない、あなたの自由にやって御覧なさい』、

と言っておいたのです。

この女性のほうは、一言言えばすぐに理解できるようなタイプでしたので、
私の一言が彼女の腹に、すーっと落ちていくのが見えるほどだったのですが、

今回の電話で彼と別れたと聞いて、
おお、ようやく決着がついたかと、
思わず「おめでとう~」と、私は言ってしまいました。

これは彼女に対してだけではなく、
男性に対してもそうなのです。

この二人のアンバランス感は、
女性のほうが自分の人生をドカドカと大またで堂々と歩いているようなタイプで、
男性の方は自分の歩調に自信がなく、
その時々で周りに媚を売りながら歩いてきた、
というような違いからきていたのですが、

結局はこのギャップが社会的な方面でもひずみを生み、
歩調を合わせきれなくなった男性のほうが
正直に生きている女性の迫力に耐えられず、離れていくことになったのです。

こういったすれ違いというのはよくあることなのですが、
ここで勘違いしないで欲しいのは、

彼女と彼には、器の大きさの違いがあったのよ、
といった発想をしてしまいがちなことなのです。
決して、この男性と女性の器の大きさに違いがあった
ということではないのです。

ただ単に、
この女性は自分のもって生まれてきたステージでしっかり生きてこれたけど、
男性のほうは、その自分のステージを認めることができずに来てしまった、
というだけのことなのです。

つまり、例えば社長であろうと従業員であろうと、
今、目の前にある自分の業務を夢中になってこなしていたら、
この社長と従業員の間には、ギャップは生まれないのです。
話は合うのです。
お互いを尊敬しあい、認め合うことができるのです。

社会的な地位や収入やステージの違いではなく、
今、目いっぱい生きているかいないかの違いだけなのです。

もし器という表現を使うとしたら、
それがその人の器を決めることになるのです。

会社の経営者が大きく見えるのは、
今いる環境に全精力をつぎ込んでいるからで、
何の社会性のない子供が砂場で山を作るのに夢中になっている姿を見ると、

『かなわない』、と思ってしまうのも同じことなのです。

その自分のもてる力をすべて出し尽くしているかどうかの違いだけなのです。

ですから、何がいいたいのかというと、

アイツは器が大きいから・・・などと、
他人と自分の表面的な部分を比較して腐ってしまうような思いがあるとしたら、
それは、あんたがやることやっていないだけ、なのです。

器の大きい、小さいなんて、ないのです。

やっているか、やっていないかの違いだけなのです。















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2009年5月16日 (土)

犠牲

「犠牲」などという単語は、美しくもなんともないです。

犠牲的精神なんて、必ずその裏側に恨みを持ちます。

誰かの犠牲になることで、誰かが幸せになるなんてことはありません。

誰かの協力で、誰かが幸せになったとしたら、

その人は、犠牲になってあげた、などと思っていません。

愛情のある世界に、犠牲などという単語は存在しないです。












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2009年5月 9日 (土)

それでいい

私は、生徒さんたちみんなに、
自分のHPを作るようにすすめています。
が、みんな初めは、口では色々言うのですが、
実際、活字となって自分の言葉を、考えを、脳みそを
人に見られるとなると、途端におよび腰になって、
批評されるのをひどく恐れるのです。

だから、カッコウをつける。
カッコウをつけようとするからすすまない。

例えばこんなのがいいです。気取ってないです。
プロが作ったような見た目のきれいさは、確かにないかもしれないですが、
今の自分の知っている限りの事を一生懸命伝えようとしています。

http://homepage3.nifty.com/kaiun-ichii/

この方は、モト大蔵省出身の50代の主婦の方ですが、
彼女も初めはなかなかHPを更新することができませんでした。

去年、武蔵小山に占いハウスを立ち上げて、
占い師さんを数人やとって占いハウスを経営していたのですが、

なんか、違う・・・

これが彼女のHP更新の妨げになっていたのです。
しかし、何が違うのか、いっこうにわからない、

こんなとき、私にひどく叱られたのです。

何が違うのかは、やってみなければわからない、
時には、恥ずかしい自分をさらけ出さなければ、わからないのです。

あたしゃ、こんだけのもんです、もんくあっか、

こんなところからスタートすると、いいかもね。



















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2009年5月 8日 (金)

清原

『オレは真っ直ぐに歩きたいんや、
それなのに、何でこの人達はよってたかって
捻じ曲げようとするんや』

こんな一説が、もとプロ野球選手の清原が書いた
『男道』という本にあるそうです。

今日、昨日に引き続き、夫婦でお好み焼きパーティーを
(ただ単に、さくらえびをもらい、お好み焼きに入れると一番おいしいよ、
と言われ、昨日お好み焼きをやったらあまり上手にできなかったので、
今日、もう一回トライ。ウチのダンナさんがお好み焼きマイスター。)

やりながら、TVをみていたら、清原が出ていた。

私は、清原ファンです。ずっとずっと昔っから。
だけど、彼がダイヤモンドのピアスをつけたときから、
静観するようになりました。
ファンだから。
あれほど彼に似合わないものはないと思っていた、
とうとう、ここまで落ちたかと、見守るしかないと。

彼は、スター性がもともとあるので、世間は何かと騒ぐかもしれないですが
本当におもしろい人というのは、表に出てこない、絶対に。

これは、どんな世界でも同じです。

ただ、対象物がいるかどうか、これが大きい、

清原の場合、太陽と月のような陰陽の、絶妙な対象物、
桑田がいたんですね。
だから、西武時代の清原は光った。

清原は、つっぱってつっぱって、
ようやく、自分の姿に気づいた(かどうかはまだわからないが)のは、
おそらく桑田が引退してから。

恨みとか執着は、体を蝕み、やがて精神も汚れ、
そんな人にダイヤモンドをさせるとよくわかる、
ここまでダイヤモンドが似合わない人はいなかった。

『自分は間違っていない、真っ直ぐ歩いている』

こう思っているのに道が開けないのなら、
それはおそらく、どこかで勘違いしている。

自分では『義』を通してりるつもりかもしれないが、
それはただ単に己が気持ちいいことをしているにすぎない。

私たち人間というのは、
エゴを取り払い、ある流れにその身をまかせると、
まるで追い風に運ばれるかのように人生がすすむ。

しかし、エゴがそれを邪魔する。

清原というか、いわゆる「男道」というのはエゴの塊にすぎない。

しかし、私は、
このエゴが、
つっぱりが、
たまらなく好きだ。

ある一人の生徒さんがまた、
自分のエゴのために、
4月に大きくジャンプした、

こんな人を私はとことん応援します。











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2009年5月 2日 (土)

感動

あまりにも素晴らしい感動をしてしまうと、

しばし、呆然としてしまいます。

今日は、楽しいレッスンができたし、

久しぶりに会ったクライアントさんの元気な姿も見ることが出来た、

四柱推命学習用CDの作成も順調に進み、
(近々、テキストと一緒にお目見えします)

もう、これだけでも、今日も一日、ありがとよー!!!

楽しかったぜー!!

なのですが、

仕事が終わってうちに帰ったら、素晴らしいおくりものが・・・・。

感動というのにも種類があって、

その振動の度合いによって、人の思考を上回るときがあって、

言葉にならない、などというと言う時がありますが、

人間の思考の発達が、まだ感情の発達には追いついていないのかもしれない、

そんな風に思わせるような、うれしい出来事がありました。




















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2009年4月29日 (水)

期待

周りの期待にこたえる必要などないです。

周りの期待にこたえようとしている限り、

自分も周りに期待するのをやめられないということです。

いつまでもこんなこと、やってられないでしょうしね。









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2009年4月21日 (火)

時差ぼけもうすれてきた

時差ぼけでボケボケしているうちに、
鬼のように仕事がたまってしまい、
しかたがないから?いっぱい飲んだ。

い~~ね~~、酒は、ゆるむ。

P1020815 やっぱり、

ビールにケーキだ。


P1020817 これは、ドイツでチャリンコを楽しんだ時に寄ったお店。
ドイツのチャリンコはいいですよ~、
バックブレーキが利くんですから、
すごいチャリンコ機能なんですから、機能重視のドイツは。
ですが、この話は、また今度。

時差ぼけもそろそろ解消されるとともに、
やはり、紅竜論が頭をよぎるようになってきた。

占いの中の「命占(めいせん)」というのは、
暦をもとにウンチクをたれていますが、
この暦というのは、果たしてどう作られているのか?

東洋は、ただ規則正しく進むだけ、
西洋は、単純な計算式から導き出されています。

自然って、計算どおり、方程式どおりに行きますでしょうか?

前もこうしたから、今度もこうなるって
必ず、そうなるでしょうか?

今日は、ここまで!










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2009年4月 6日 (月)

勇気

『結局、勇気があるかないかだけだよね』

フォーチュンソフトの天野さんと、よくこういう会話をするのですが、
私の所に通ってきてくださっている生徒さんたちの成長も、
カギはここです。

みんな、自分探しとか、使命とか、天職などといっていますが、
何か夢中になれるものが欲しいのです。

そして、こう思って何かを探し始める時というのは、
時で言うと、間違いなく変化の時なのです。
占いでもそれは『やっぱり始まったか』、と判断できます。

そして、それは漠然とだけど、
どんな人も、行きたい場所を描いているのです。
あんなふうになりたい・・・と。
これも、占いで『やっぱりそう思ったか』、と判断できます。

だけど、それは大変そうだし、相当の努力も要るだろうし、
自分にそんな能力があるとは思えない、
まして、そこに行くには今の生活をがらっと変えて、変化しないといけない、
変化するということは、何があるのか分からない恐怖がある、
恐いから、そこに行ったらどうなるか、
今でいいのか、本当に自分にできるのか、他に何かあるのじゃないか、
などを知りたくなるのです。


そんな理由で占いに関心を持つ人もいるのですが、
私の答えはいつもワンパターンで

「勇気を出してやってみなさい」です。

この言葉に「方向は間違っていない」だとか「あなたにならできる」だとか、
「同じ悩みを持つ人のために、あなたが道を切り開く役割だ」などと、
調子に乗ってくっつけるのですが、

この言葉にのって、勇気を出して変化した人は、
その3ヵ月後、びっくりするぐらいパワフルに輝き始めるのです。

勇気を出して変化を選んだ時、
気の流れが(神様みたいなもの)一瞬それを応援してくれます。
いい出会いがあったり、自分を応援してくれるような現象があり、感動するのです。

だから、「やっぱりこれでよかったんだ!」、
「勇気を出した自分、えらいぞ!」などと、軽やかな気分になります、

しかし、このあとすぐに、大変だから止めたい、私にはムリ、
と思うような重圧がかかってきます。

このとき自分は、
ただ単にスタート地点に立ったに過ぎなかった、浮かれていた、
失敗だったかもしれないと、パッと後ろを振り返るのですが、
もう慣れ親しんだ岸からは離れてしまっていて、
私や誰かが「いってらっしゃ~い」とニコニコ手をふっている、

「なに笑ってんだよ、こっちは大変なんだぞ」とむくれながらも、
仕方がないから、前に進むしかなくなるのです。

本当に労力が必要になってくるのはここからなのですが、
ここに立たされてしまった暁には、
もう、恐いなんてぐずぐず言っていたことはすっかり忘れて、
今、自分のすることしか、頭になくなるのです。

この、前に進んでいるという感覚は、
脳みそのどこかが活発になるのかどうかわかりませんが、
人間に、とてつもない快感を与えてくれます。

子供のころは、小学校、中学校、高校、大学とか、
クラス替えやらなにやらで、無理やり変化させられてきましたが、
大人になったら、それは自分でやらなければなりません。

勇気を出して新しい事を始めて、がむしゃらになって、
だんだん、こなれてくると余裕が出てきて、
そこに隙間というか、たるみができます。
これが変化の合図です。

あとは、勇気を出すだけです。



























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2009年4月 5日 (日)

型番はり付け人生

時々、「占い」って言葉を使っていることが、
そもそも何かの勘違いをうむのかもしれない・・・、
こう思ってしまうことがあります。

しかし、私は例えば運命学だとか、個性学などという言葉はあえて使わず、
この「占い」というニュアンスにこだわってもいるのです。

ここのところ、スクールの問い合わせなどが多く、
関心を持って頂くのはとてもうれしいのですが、
やはり「占い」というと、

「いついつあなたはこうなる」だとか、

「この星は凶星だから、性格が悪い、災いを呼ぶ」

「今は、何もするな待機せよ」

などと、ズバリ言うわよ的なものを想像されてしまいます。

つまりあなたの「生まれ型番」はこれだから、この型番に合わせて生きて行きなさい、
そうすれば災難を避けられて、人生が順調にいって、
迷いがなくなって、苦労もなくなってハッピーだと、

「占い」という言葉を使っていると、どうしてもこうなってしまいます。

自分の「生まれ型番」を教えてもらえると、確かに迷いがなくなって、
この道が用意されているみたいだから、
あんたは、この道を進めばいいんだと太鼓判を押され、
一時安心感を得られるかも知れないです。

だけど、人は自由と進化を求める生き物なのです。

「あれ、向いてないっていわれたんだけど、本当にそうなのかしら?
やってみたい気もするのよ、でも向いてないですよね?」
こうなる。

型番人生を歩んでいると、やがて必ず身動きできない息苦しさに見舞われ、
不自由になってきます。言いなりになっているのが不快になってくるのです。

生きている人なら、誰もがです。

もしかしたらこの道は違うかも知れない、
もっと自分に適した何かがあるはずだと、よそに可能性と希望を求め始めるのです。

そして、誰かに答えを求め続ける以上、
同じことを繰り返し、自ら進んで占いはり付け人生を歩むのです。

もう、いい加減、こういう人生やめようよ、
自分で自分の人生動かしていこうよ、

こう思う人には、占いの星たちが色々なことを教えてくれます、
その色々な中から、自分に合うものを自分で選択して、
自分で自分の人生を形作っていく作業を手伝うのが、私のやり方です。

ですから、ズバリ言うわよ的占いを求める人には向きません。

相性を聞かれても、この人は良くて、あっちの人は良くないとはいいません。、
自分と相手の性格を知って、どういう間柄になりやすいのかを考えてもらいます。

適職を聞かれても、その仕事が向いているかどうかよりも、
自分の性格を知って、どんな仕事の仕方になるかを考えてもらいます。

いつ結婚できるかを聞かれても、
いつでも結婚できるが、そのスタイルが時期によって様々だと知ってもらいます。

誰かが作った生まれ日診断は、その診断した人の人生傾向が強く出るのです。
その人には良くても、自分にいいとは限らないのです。
決して公平でも、当たりでも、正解でも、正確でも、何でもないのです。
人は勝手なことを、勝手に言うものなのです。

自分の人生は自分にしかわからないのです。
誰かに自分の人生を占ってもらうのではなく、
自分で自分を占うことができるようになって欲しいのです。

この練習をすると、必ず、今の自分に必要な星がどれなのかが分かってきます。
あくまでも、自分が先で占いはあとづけです。

占いにはまっちゃった人、占いにはまりそうな人、
洗脳人生、型番人生、はり付け人生を歩んできた人、
こんな人たちで、なんだか変だぞ、これでいいのか?と思う人が
ここのスクールは向きます。















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2009年4月 4日 (土)

アドバイス

「右行ったらいいのですか?、左に行ったらいいのですか?」

「どっちがいいのですか?どっちが悪いのですか?」

こういった質問を受けたら、
こっちだ、あっちだとまともに答えるのではなく、

右に行ったら遠回りするけど、色々な経験ができるし、
左に行ったら、早く目的地に着くけど体を壊して療養するようになる、
結局、どちらに行っても、結果は同じ、

こんな風に答えてあげるといいです。

物ごとが滞っているとき、うまくいかないとき、
人は決まって誰かのせいにします。

この考えは、
せっかく前に進もうとしているその人の成長を粉々に破壊します。

アドバイスっていうのは、
自分で考え、自分で決めて、
誰のせいにもできないような環境に導いてあげるために
使うといいですよ。















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執着がたりない

例えば過去を振り返ってみて、

簡単にできてしまったこととか、
誰かに助けてもらったことよりも、

一生懸命になって何かを成し遂げた記憶のほうが
はるかに自分を元気にするし、

タナボタ式に人生を歩んでいる人よりも、
脇目もふらず頑張っている人のほうが魅力的にみえて、
うらやましいなと思ったりすること、あるでしょう。


だから恐がらないで、他人の目など気にしないで、
誰のものでもない自分の人生に、もっともっと執着するといいですよ。


会社がおもしろくない、家庭がおもしろくないなどと言っている人に限って、
ダラダラと生きている。
そして、こういう人に限って、勇気を出して何かをやり始めた人を批難したり、
親切ぶって恐怖心に陥れようとしたり、罪悪感をもたせようとする。

つまらないけど仕方がない、この辺で手を打とうなどとあきらめないで、
どうしたら自分は幸せになるのだろうかって、
一生懸命考えて、自分の幸せに、しつこく、ねちっこく執着しまくるのです。

そうしないと、人の幸せになんか関与できないです。

自己犠牲や奉仕などという美しい言葉は、平気で人のエネルギーを奪う。

要注意です。

















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2009年3月29日 (日)

自力は簡単

自力などというと、誰の力も借りないで一人で生きていかなければ!
と、かなり気合とか、決意などが必要な気がしますが、

気合とか決意などは心の動きなので、当てにならないのです。


自力とは、もっと自然にできるもので、

例えば、

「私、これだったらできます」

などという、普段使っている自分持ちモノを使って生きてく、だけのことです。



しかし、心に主導権を握られている大半の人は、

この自分の持ちモノを特別な個性のように勘違いして、
「私の使命は、天命は・・・」
などと見つけようとするからいつまでたっても見つからないし、

使命感を持って生きているように見える人と自分を勝手に比べて、
うらやんだり、マネしたり、落ち込んだりして、くたびれてしまうのです。

自分の持ちゴマというのは、探したって見つからないですよ、

探すことなどすっかり忘れて、
今やっていることに目を向けないと。

占いで、どんなに「あなたは経営者タイプ」などと出たところで、
いきなり社長の椅子が転がり込むことはないですね。

ブーブー文句たれずに、
『今、これをやる』、って普通にできることが自力なのですよ。

特別なことでもなんでもないのです。























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2009年3月25日 (水)

きれいごと

別れは、かなりの痛みや苦痛をともないますが、

『愛とはいったいなんだろう』を考えるいいきっかけにはなるのです。

あるタレントさんの離婚会見を、今朝見ていて、

女性タレントさんは、
離婚届の提出を親にゆだねたとTVでは言っていましたが、
なんじゃそりゃ、これは本当なのだろうかと思いましたね。

そういえば、この結婚のきっかけも、
どこかの占い師の言葉がきっかけになったと聞いた事があります。

こういったマスコミの話を鵜呑みにする気持ちは毛頭ありませんが、
このなんとも軽薄なスタートと結末のストーリーは、
未熟な殻を破ることができなかったとてもよいサンプルです。

決断する恐怖や、辛い現実に直面したら、
責任を放棄したり、避けたりせず、
その中へと完全に入り込んでいかなければ、
いつまでたっても、きれいごとから脱出できないのです。

きれいごとの中には、断じて『愛』は存在しないのです。













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2009年3月19日 (木)

おすすめレイキ

今日は、レイキをやっている生徒さんのHPの紹介です。
http://green-p.hp.infoseek.co.jp/

この方は子供のころから霊感があり、
色々なものが見えて親にも気持ち悪がられていたようですが、
大人になり、結婚し、散々な目にあい、
再婚し、病気で体を切り刻み、ようやく子育てを終え、
40代なかばから、子供のころイヤでイヤで捨ててしまいたかった霊力を使って
何らかの役に立ちたいと、レイキ治療、レイキ指導をされている方です。

20年以上この世界ににいる、
かなりベテランの方なので興味のある方は是非どうぞ。

場所はディズニーランドの近くの、
東西線「西葛西駅」(にしかさい)からすぐなので、
電車さえ乗ってしまえば、楽にたどり着けます。



私はこういった、形にならず目で確認することができない霊的なことも
あるだろうな~、と思うタイプですが、

これも占いと一緒で、占いよりもたちが悪い場合が多くあり、
何でもかんでも霊症にされてしまうと、

あぶないよ、

ということで、安易にすすめることはしません。

先日たまたまテレビをつけたら、
銀座の母、という人が出ている占い番組をやっていて、
かなりおもしろく見させていただいたのですが、

何でも、どんな分野でもそうだと思いますが、
自分が楽しいと感じるところにいけばいいのです。

自分に合う開運グッズを身につけて幸せになるならそれでいいし、
宗教にはまって、大金を献金して幸せになるならそれでいいし、
霊的な能力を伸ばして霊界と通信して幸せになるならそれでいいのです。

こういった何かをより所にしている人は多くいます。

私はその人がそれで幸せなら何も言いません。
良かったね、と思います。

しかし、何を身につけても一向に幸せになれなくて、
心がいつも泥沼に浸かっているように息苦しく、
「もうイヤだ、もうこりた」と、
本心から抜け出したいと願うのなら、徹底的にすべて捨てさせます。

良くないのは、

「本当はやりたくないんだけど、誰々に言われたから」といった、
自分の本心と違うことを、
ぐずぐず言い訳をしながらやっていることです。

「本当は、もっとこうすればいいんだけどねぇ」

そう思っているなら、それをやることです。

やっていることや、かかわる物事は、
それ自体、何も悪さはしていないのです。

それとかかわる人間が、
どう付き合っていくかで、その物事の質が変わってくるのです。

すべては自分自身の問題なのです。


















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2009年3月15日 (日)

優彩夏(yuika)

私の銀座時代(二十代前半)からの友人で、
いまだ現役ママをやっている人がいるのですが、

その銀座ママと15年来の付き合いがあるという
占い師の方が、今年に入ってブログを立ち上げました。

占いに結果を求めない私とは思想が違い、
吉凶をきっぱりと言い切るタイプの方ですが、
歯切れがいいので、
一緒にお酒を飲んでいてもおもしろく、
私はこの方のブログ立ち上げからずっと読ませていただいていました。

私のところを訪ねてくる人は、
『この先どうなるのでしょうか?いつ頃幸せになりますか?』
といった類の質問をしても、
「今すぐにでも幸せになれます、この先もずっと幸せでいられます
そしてそれはあなた次第です」といった答えしかせず、
こういった質問が出ないように、
頭の使い方から指導されてしまいます。

また、そういった指導を求めてくる人が
私の生徒さんとして続いているのですが、

吉凶をしっかり教えて欲しい、
いつ、どうなるか、アドバイスして欲しい、
そんな人生の答えが欲しい方は、
優彩夏(yuika)さんのブログは、
http://blog.livedoor.jp/yuika_happycolor/助けになると思います。

私は、占いを初めとするすべてのものに
吉凶や善悪などを当て込むのを好まないのですが、

こういった考え方に違和感を覚え、
すべてにおいて白黒はっきさせたい人もいるのです。

そんな方は、立ち上げたばかりの優彩夏(yuika)さんのブログは、
結構楽しく読めると思います。

色々なタイプの占い師がいます。

自分に合う人と出会えるのも、
一つの運と言えるのでしょう。
























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2009年3月11日 (水)

開業

こんな世の中だから、
もう、企業になんか頼らないで、自分で何か手に職をつけて生きていこう、

こんな風に考える人が、結構いると思うのですが、

その「手に職」の一つに、占い師も入るわけですよね。

だけど、どんな商売も、
自分の力で人様からお金を頂くとなると、
これまでの、日常生活に対する考え方をがらっと変えて、
自分の癖や我を修正しないと、こんなはずじゃなかった、になってしまうのですよ。

自分はこれが正しいと思うから、って突っ張ってみたって、
相手がそれはいらない、ってなったら、
いらないんですよ。役に立たないのですよ。

それで生計を立てている人というのは、
みんなものすごい努力をしているのです。

やらないと食べて行けないですから、
一日24時間という時間をどうやって有効に使おうか、
商品を売るためにはどしたらいいか、
お店に来てもらうためにどうしたらいいのか、
お客さんに喜んでもらうためにはどうしたらいいのか、
一生懸命考えているのです。

毎日、通勤電車に揺られて会社に行くのも
自由な時間がなくて大変ですが、

自分で何か商売を始めるというのは、
24時のすべてが生き死ににかかわってくるぐらい、真剣勝負なのです。


そして事業が軌道に乗っている人というのは、
簡単にやっているように見えますが、
そこにたどり着くまでに、
みんな大変な思いをして色んなことをやってきているのです。

「これやってみよう」と考えたことが、
一発目で当たるなんてことはないのですよ。

何回も、何回もはずして、失敗して、
考えて、悩んで、挑戦して、やり直して、それでもだめで、
でもあきらめないで続けていたら、
なんだか少しずつ信頼されるようになってきた、

そうやって立ち上げていくものなのです。

たった一回の失敗やつまずきで、
簡単に、くじけないでください。

これは、仕事以外の人間関係でも同じです。

男女の恋愛問題でも同じです。

相手はどうして欲しいのだろう、何を求めているのだろう、
それを真剣に考えて、
自分の我と向き合うことが大切なのです。

商売でも、人間関係でも、男女の関係でも、
本当の喜びというのは、
儲かった時じゃなくて、
相手に愛していると言われた時じゃなくて、
相手が心から喜んでくれている時なのですよ。

開業の素晴らしいところは、
そんな喜びをじかに受けることができることだと思うのです。

























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2009年3月 8日 (日)

調整

周りの人は、自分の鏡だって言いましたが、
もし、友達や知人なんかで、
いつもいつも、誰かの悪口を言っているとか、
あれが悪い、これが悪いと、否定的なことばかり言っている人がいたら、
そういう人は、ちょっとお付き合いを停止したほうがいいですよ。

今まで友達だったけど、だんだん不平不満が多くなってくる人っているんです。

それは、その人の状態が下降気味になっている場合と、
自分の状態が上昇し始めている場合とがあります。

これまで一緒に話している時は気がつかなかったけど、
最近妙に気になるようになってきた、という場合は、
それまで自分も、否定グループにいたけれど、
そこを脱出しかかっているということもあるので、
あまりしつこく近寄ってくるようだったら、
自分の身を守るために、一時的に少し距離を置くのも大切なことなのです。

「2時間も電話で愚痴聞かされて、私、夕飯のしたくもできなかったわよ」

「話の内容が楽しいならいいんだけど、文句ばっかりでね、」

「愚痴聞かされて疲れちゃったよ」

こんな風に思ってしまうときです。

その人がどうこうというよりも、
その人の状態がおかしくなっているのです。

縁のある人なら、こちらから一時お付き合いを拒否したとしても、
必ずまた復活しますし、縁が切れてしまうのならそれまでの人なのです。

人は、置かれている環境に、いとも簡単に影響されてしまうものなのです。

ですから、不快感を感じているのに、無理に付き合わないことです。

環境のなかで、「人」と「食事」は特に大きな影響を与えますし、
今の自分の状態がよくそこにあらわれます。

どちらも、自分で調整できるものなのです。

自分で調整するべきものなのです。



















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2009年3月 7日 (土)

『この人との相性、いいの?悪いの?』

こんな風に、みんな思いますよね。

この考え方を変えましょう。

縁のある人とは出会うようになっているのです。

そして、あんにゃろーって腹の立つ人も、いいな~って思う人も、

みんな自分の鏡なのですよ。同じなんです。

だから、自分の周りの人とどう付き合っていくかは、

自分自身とどう付き合っていくかという問題なのです。

「相性」の問題ではないのですよ。

そして、鏡は「かがみ」と書きますね。

真ん中に「が」がありますが、

「が」は、「我」ですね。

これがなくなると、自分の中の「かみ」に出会えるようになっているのです。



















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2009年3月 4日 (水)

トラブル

この先どうしたらいいんだろう、
この人どういう人なんだろう、

こういう風に心配ばかりしている人は、
騙されないように、
失敗しないように
ということばかり考えているから、

余計、失敗やウソを引き寄せてしまうのですよ。

そして、答えを占いに求めても、
そのほかの宗教や霊感、霊視などに求めても、

意識の焦点を
心配事や不安感にあわせている限り
ちょっとしたことでも、
トラブルや大問題だと感じてしまうのです。

実際、落ち着いてよく考えてみれば、
生きていくうえで、トラブルや問題ごとというのは、
その人が成長するために必要だから起きるのだということがわかるはずです。

筋肉だって脳細胞だって、
鍛えればそれだけ強くなるのだから、

それを避けて通っていたら、
せっかくの成長のチャンスをみすみす逃すことになって、
いつまでたっても成長できずに、
年ばかりとってしまいます。

やがて周りを見渡してみると、
自分だけが同じところをぐるぐる回っていることになんとなく気づき、
自分で自分の人生に不満を抱えるようになって
ますます、手っ取り早く不満を解消できる方法を探すようになって、
霊感商法や詐欺などに、まんまとはまってしまうのです。

だから、恐がってそれを避けるのではなく、
堂々と立ち向かって越えて行かなければならないのですよ。

誰もが知っていることだと思いますが、
その人の今のレベルにあった問題、トラブルしか降りかかってこないですから
喜んでそれを受けるべきでしょう。





























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2009年3月 1日 (日)

近道

「何ヶ月で占いができるようになりますか?」
と質問されても、

それは「あなた次第です」としか答えようがありません。

「いつ頃から幸せになれますか?」
「どうすれば幸せになれますか?」
と質問されても、

それは「あなた次第です」としか答えようがありません。

弁護士の資格を持っていたって、
弁護士がみんな幸せかどうかなんて、見ればわかるし、
それで幸せになれる保証などありません。

「この資格を取れば幸せになれる」

「この宝石を持っていれば幸せになれる」

「この方位へ行けば幸せになれる」

「あの人についていけば幸せになれる」

そんなものはないのです。

「占い」に関心を持つ人は、このタイプが多いのですが、

こういった洗脳からなるべく早く抜け出すためには、
どっぷりとそれに浸ってみるのが一番いいのです。

例えば、強烈なカルト教団などに入信して、
イヤと言うほどそこの教えを実行してみるのです。
やればやるほど、自分の求めているものと違うという結果にたどり着きます。

つまり、何かにすがっている以上、
縛られている以上、
囚われている以上、
一向に幸せ感を得られないのです。

占いも、関心のある人はどんどん勉強してください。
それが幸せになる一番の近道です。











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2009年2月27日 (金)

お金のかからない開運法

口から発せられることばによって、
これほどもまでに体からにじみ出るエネルギーが違うものかというのを、
今朝の女子プロゴルフ選手のインタビューで感じましたねー。

久々に画面でみた宮里藍ちゃんは、
決して自己否定するようなことばは使わず、
後半までしっかりガマンのゴルフができたと、
力強い自己評価を下してました。

しかし、ほかの選手は(名前忘れました、すんません)
何番ホールで何々を失敗しただとか、
もっとこうしていればよかっただとか、
まったく 力なくダラダラと語っていて、

ゴルフの成績が関係していたのかもしれないですが、
この差はとてつもなく大きいですよ。

たとえ心の中では、自分を責める気持ちや強い反省心があったとしても、
せめて口から出すことばは、
一切否定的なことばを使わないように意識するだけでも、
あの宮里藍ちゃんのような
キラキラとした強い目の輝きに近づけるのではないかと、

「弱音をはかない」
そんな、お金のかからないことばの練習から、
自分に打ち勝つ努力をしてみるのもいいと思う。

人間の心は、どんなに決意したところで
そうそう簡単に変えることはできないですが、

口をついて出てくることばを常に意識して、
せめてことばや態度だけでもポジティブなフリをし続ければ、
思考回路が変わってくるのです。

なかなか自分は変わらなくても、
考え方が変わってくると、
自分との付き合い方は、すぐにでも変わってくるのですよ。


















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2009年2月25日 (水)

裸になる

人間の欲望というのは、
本当は、愛だとか、進化だとかを
求めて生きて行きたいと望んでいるはずなのに、

実際は、洋服や化粧や装飾品や、
資格や肩書きや地位など、
欲しいと思うものは、外側の形に向けられていて、
それらに引き寄せられていることにも気がつかず、
これぞ愛だとか、進化だとかと勘違いしてしまう。

だからいつまでたっても、他人と自分を比較する癖が抜けなくて、
些細なことでいじけたり、やきもちを焼いたり、威張ったり、
優越感と劣等感の歯車から抜け出すことができずに
終わってしまいます。

上も下も同じ歯車の中にいるというのに。。。

そのくせ、自分はナニモノなのでしょうか?と、悩み苦しむのだから、
いっそのこと、みんな素っ裸になって町を歩いてみると、
よーく、自分のことも周りの人のことも
ホントのところ、どれだけのもんかが分かってくると思うのですが。

そう考えると、ただいま現役の総理なんぞは、
しゃべればしゃべるほど、ひん剥かれていって、
このお役目が終わったアカツキには、かなり多くのものがそぎ落とされて
ようやくあのお口のゆがみも整ってくるのではないかと思ったりします。
一旦、地に落ちるというのはいいことです。
何かに見放されていない証拠だと私は思っています。
(もちろん、リーダーとしては問題ですが、
それは誰のせいでもなく、現在の日本人全体の象徴でしょうね。)

裸になって、自分をさらけ出せば出すほど、
恥をかけばかくほど、
頼るのは自分の内面しかないというところに追い込まれ、
やがで、
自分は「これでいいのだ」という自分の中の『自信』つまり、
自分を信じるという神に出会い、
裸になるのが怖くなくなります。

人と比較する気持ちがなくなります。

それと同時に、
あいつも「それでいいのだ」という気持ちになってきます。

裸のまんまで付き合える人が
一人でも多くなると幸福感も増すと思いますよ。












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離す

『私は、性に対してはとても奔放に生きてきたので、
一度に数人の男性と付き合っていたこともあるし、
100人切りを本気で目指そうと思ったこともある、
だけど途中で数がわからなくなってしまってね~』

なんてことを書いたり、話したりすると、

『紅竜さん、よくそんなこと平気で書けますね。』

と、批判めいた言葉で言う人や、
たしなめる人や、
ギョッとおどろく人や、
おもしろがってくれる人や、
実は私も・・・、と調子に乗って過去をぶちまけだす人など、
さまざまな反応があって、結構楽しいのですが、

批判めいた反応を示す人には、ある共通点があるのです。

自分の過去は明かしたくない、秘密にしておきたい、
周りの反応が怖い、今の地位や立場、何かが壊れてしまいそうだ、
前に進むよりとどまっていた、自分だけは傷つきたくない、

こんな頑なな雰囲気を発しおり、
その根っこでは自分を批判しているのです。

そして必ずこういうタイプの人は、
今現在の自分の生活に不満を抱えています。
そして、過去も苦労の連続で、
いいことなんか一つもなかったように記憶されているのです。

だから、未来も同じように、
大しておもしろいことなんかないようになってしまうのです。

特に、心に傷として残っていて、
こんなこと誰にも話せない、と思っていることなどを
解放してあげるといいのです。

『話す』とは、『離す』ともいいます。

話すことで、執着していた意識が放たれ、
さびた鎧を脱ぐことができます。


人それぞれ事情っつーものがありますから、
無理にとはいいませんが、
気が向いたり、その気になってみることがあったら、
是非、自分のためにカミングアウトしてみて下さいませ。
ずいぶん気持ちが軽くなると思いますよ。

ちなみに、私のところに来てくださっている生徒さんたちは、
みんなどんどん開放されていくので、
進化というか、変化というか、変容が早いです。

















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2009年2月17日 (火)

そしてさらに

感謝しよう、ありがとうと言おう!

そうだ、そのとおりだ、

そしてさらに、

感謝される人になろう、

ありがとうって言われるようなことをしよう!













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2009年2月14日 (土)

古いホテル

昨日から一泊で、栃木県の那須へ、
出張レッスンに行ってきました。

宿泊は那須塩原の、とある温泉ホテルに泊ったのですが、
このホテル、かなり古いホテルで、
金曜の夜なのに、お客さんはパラパラ・・・どころか、パラぐらい。
フロントのおっちゃんも、ぬぼーっとしていて顔が青白く笑顔一つない。
素泊まりだって予約したのに、食事券を渡そうとするし、
近くにあるアウトレットの営業時間をたずねても、
「何時まででしょうね?」と、ぎゃく聞きされる始末。
おいおい、こっちが聞いてんだよ~。

妙な気分のなかチェックインを済まし、部屋の鍵をもらっても、
エレベーターのある場所を教えてくれないから
ロビーでウロウロしているのに、おっちゃん、ぬぼ~~。
部屋の作りも非常に使い勝手が悪く、
すべてが古くて、その古さに威厳がなく、愛情もなく、
フロントのおっちゃんのように、ぬぼーっとしてくたびれている。

まあ、寝るだけのようなもんだからいいか、と思い、
一応、付帯設備としてある温泉に入りにいってみました。

「女風呂」と書かれたのれんをくぐり、お風呂の脱衣所に入ると、
このホテルの従業員らしき年配の女性が掃除をしていました。

「こんばんは、お世話になります」と、私。

「はい、いらっしゃい。」

おっ、やっぱりおばちゃんは、ハキハキしているね、どこの土地でも。
こう思って、少し世間話でもしようと

「静かですね、金曜の夜でもこんな感じですか?
お客の私としては、お風呂独占できてうれしいですけどね!」

「もう、最近の若い人は、雪なんか降ると、履いている靴が悪いから、
つるつるすべるって言って、来ないんですよ。」

「ああ~、かかとの高いパンプスなんかのことですか?」

「そう、あんなの履いているから、外なんか歩けるわけがないじゃないの。」
と、延々と文句をいい始めたのです、だからこのホテルは暇なんだと。。。。

こういう会話と波長を合わせると伝染するので、
私は、そそくさと「ちょっと、お手洗いを・・・」とトイレに避難。

そしておばちゃんと目を合わせずにさっさとお風呂に入ったら、
露天風呂なんて気のきいた張り紙があるじゃないの。
「よしよし、露天風呂ですべて勘弁してやるよ~帳消しにしたるで~」と思い、
お外のお風呂に入ったら、ぬるいじゃないか!!!寒くてでられないじゃないか!!!
まるで、バイクの大型免許を取るために辛い思いをした
富士の裾野の合宿所のさむいお風呂を思い出させてくれちゃってー、ありがとよっ!
(やっぱり、伝染したかな~~)

自分は、同じような勘違いをしていないだろうか、
誰かのせい、何かのせいにしていないだろうか、
ぬぼ~っとしていないだろうか、ぬるかないだろうか・・・と、
反省を促してくれるような、素晴らしい?ホテル経験でした。














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2009年2月 9日 (月)

コンプレックス

子供の教育で悩むお母さんがいます。

そんなお母さんの相談を受けることが多い職業や立場にある方は、

親子の関係をただす前に、
お母さんのケアをしてあげることが大切です。

子供の落ち着きがない、言葉が遅い、引っ込み思案、ウソをつく、
ひどく叱ってしまう、愛情がわかない、子供といるのが辛い、
ほかの子と比較してしまう、子供が怖い、

子育ての悩みは千差万別で、同じ事例などないように見えますが、
実は、その根本に共通して潜んでいるものがあるのです。

それは、母親や父親の自分自身に対するコンプレックスなのです。

子供は、何も悪くないのです。

悪いのは、自分の中に潜むコンプレックスなのです。

そして、そのコンプレックスは、
自分が子供のころに、自分の親から植え付けられたものなのです。
その親もまた、同じような経験をしています。

親である自分自身が、これになるべく早く気がついて、
自分の中のコンプレックスをなくすようにしないと、
子育ての悩み、家庭の悩み、すべての悩みは一生涯消えることはありません。

そして、親子の因縁は延々と引き継がれていくのです。

どこかで断ち切らなければなりません。

子供に原因があるのではないのです。
自分自身にその因果があるのです。

すべての悩みの解決のカギは、
自分自身が握っているのです。

http://yumenakama.com/hitorisan/

是非、これを聞いてください。





















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2009年2月 5日 (木)

主人は自分だ

東洋の占いでは、
一年の始まりは、だいたい2月4日の節分の日からスタートします。

西洋占星術では、一年の始まりはおひつじ座からなので、
春分の日からスタートです。
ただ、西洋の場合は、1年単位でバイオリズムを見る場合、
その人の誕生日から判断することが多くあり、東洋とは基準が違います。

運気の流れなどを気にする人は、1年ごとのバイオリズムなど
参考にすると、色々楽しめるでしょう。

ただし、年が変わったから
その日からカチッと運気のスイッチが入れ替わるのではなく、
なんとなく徐々に実感してくるというのが大半です。

早い人は去年の暮れあたりから、
波長が変わり始めている人もいますが、
みんなに共通して言えることは、
すべては、全体の大きな流れの中のひとつだと言うことです。

そして一番大切なことは、
こういったバイオリズムや未来予測を参考にするのは、
100%のうちの、20%ぐらいの範囲で楽しむということです。

毎日の生活が、どっぷりこういった理論にはまってはいけないということです。

決して忘れてはいけないことは、
”最初に自分ありき”、です。

まずは自分の感覚があって、
そのあとに、占いなり未来予測の能書きなりをもってくるべきで、
これが逆になっていると、
大切な、天からの、というか、神からのというか、魂からのというか、
そういった自然のメッセージを見落としてしまう危険がとってもあります。

あくまでも、あなたの人生は
『自分が主人だ』 ということを、忘れないでください。













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2009年2月 1日 (日)

挑戦すると強くなる

背伸びなんか本当はしないほうがいい、
疲れるからね。

それなのに、背伸びしろ、頑張れって言う人が、
周りにいることが多いんだよね。

そういう時、どうしたらいい?

無視すればいい。

だけど、背伸びしろって言う人の言葉が、どうしても耳に残るとか、
無理かもしれないけどやってみようかな、なんて思うときがあるんだよね。

そんな時は、挑戦したほうがいいんだよ。

挑戦は、あなたを強くするからね。




























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風通し

私は、このブログを長年書いてきて、
何を言いたいのかわからないとか、
思いが伝わってきて勇気が出ましたとか、
ちょっとこの間の文章はヘンですとか、
さまざまなご意見をいただいていますが、
文章を書くという作業は、私にとっては一つの修行のようなものでした。

伝えたい思いは強くあるのだけど、それをどう表現していったらいいのか、
これが大変な作業だったし、今でもそうなのですが、

だけど、正直に今の自分の思っている事を書くということは、
その思いを腐らせないためにも大切なことなのです。

そして、何よりも、自分の思っている事を書く、外に出すということで、
その思いからは解放され、とらわれずにすむという風が内面にふくのです。

つまり、いつも新鮮な気持ちでいられるのです。

これは、毎朝、毎夕、瞑想やマンダラを唱える人よりも
浄化や静観の効果があるのではないかと、私はひそかに思っています。

公開しなくてもいいから、是非、寝る前にでも、ペンをとって
自由に書いてみるといいですよ。
いい風が寝ているあいだにふいて、きれいにしてくれますから。























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2009年1月30日 (金)

足利のじいさん

足利にある乗馬クラブのオーナーさんが、
http://homepage2.nifty.com/ShibaYohcan/greengrass/top.html

「若い頃、占いをしてもらったことが一回だけあるんだけどさ、
そのとき、あなたは72歳で死ぬと言われたんだよ。

だけど72歳なんて、まだまだ何十年もあるから、
そのときは気にしなかったけど、
本当に72歳になったときは、その一年間は
生きている心地がしなかったね、いつ死んでしまうんだろうって。

覚えているんだよね、こういうのって、
何十年も前に言われたことなのにさぁ。

ただね、72歳でなんもなかったわけ。
そうしたらね、なんだか自信ついちゃってさ、
何でもやってやろうって気になっちゃったよ。

それで、オレ、この先どうなる? ガハハハ~~」

と言って、大笑いしていました。

じーさん、やりたいことがまだまだ山ほどあるらしいです。

このお話に、色んな事を感じてください。








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2009年1月29日 (木)

自分に気づく

今を、充実して生きていない人は、

先のことばかり、もしくは昔のことばかりを言う。

不安感や愚痴や不満や修正に時間を割いていては

もったいない。

未来に期待ばかり、夢ばかり持っているが

今、何もしないのなら、それもおんなじ。

自分の周りの人の言動をよく観察してみるといいです。

その人は、自分の鏡ですから。

気づいてください。気づくだけでいいです。

気づけば、自然と導かれますから。
































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2009年1月27日 (火)

自分を知る方法

占いが気になって気になって仕方がない、

自分というものを知りたい、

でも、占いに振り回されてはいけないということも知っている、

そんな人は、どんどん占いを勉強してください。

やればやるほど、占いから自由になれますから。

自由になるということは、全責任を自分で負うということで、

自分の人生、自分でケツ拭けるようになりますから。

自分が分かるというよりも、

どうしたら自分がわかるようになるのかが分かりますから。




















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2009年1月18日 (日)

神仏

年配者には「仏」が宿り

若者には「神」が宿る。

過去を知りたいのであれば、仏にちかい年配の人と話すとよいです。

未来のことを知りたいのであれば、神にちかい若者と話すとよいです。

今のことを知りたいのであれば、自分自身と話すとよいです。

「仏」は過去で、「神」が未来。

ですから、「今」 や「自分自身」には、神仏両方が宿っているのです。




だからナニ???っつーと、

自分に聴けってことです。



















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2009年1月17日 (土)

軌道修正

たとえその道が、その人にとってふさわしくないと感じたとしても、
もしその人がそれを一生懸命やっているのなら、
見守ってあげたいと思うのです。

大切なのは、一心に打ち込むことで、
その打ち込むものが間違っていようと何であろうと、
それはあまり大きな問題ではないのです。

だいたい、間違っているかどうかなんて、誰にも分からないはずで、
ただ、それを見ているその人が、気に食わないだけなのです。

今、本人が望んでいないのに軌道修正をうながしたところで、
その修正された軌道に乗るまでは、見守ろうと、注意を促そうと、
結果、時間的には何ら変わりはないです。

無理やり強制されて、やがて心がそれに気づいて来るまでと、
やりたいようにやって自分で気づいていくのと、大して変わらないのです。

一生懸命打ち込めば打ち込むほど、早く気づきます。
一生懸命打ち込むものがああれば、それでいいのです。
打ち込むものが見つからない時は、ふらふらしていればいいのです。

変容の時に来ていないのに、あれこれ周りが注意をしても、
その人の心に届かない上に、
注意をしてあげたのに・・・、と、その人の未熟さを非難しだすこともあります。

どんな人も、自分の成長に見合った現象とともに生きています。

そのままでいいのです。

本人が経験を重ねていく以外、真に成長する道はないのですから。


















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2009年1月16日 (金)

半年の修行

最近、男女の恋愛に関する相談が増えてきているのですが、

付き合っていた相手が、何らかの理由で(理由はひとつじゃありません)
気持ちが不安定になったり、よそに向いてしまったりすることがあります。

そして、これはだいたい付き合い始めて半年あたりから、
ゴタゴタ始まることが多いのです。

そのときに、いったい何が起こったのかわからずに、
相手を責めたり自分を責めたり、色々原因を探そうとするのですが
結局分からずに、様々な憶測や妄想が浮かび、
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、苦しみ始めます。

やがて、原因という犯人探しをするのに疲れ果てて、
今度は、自分がどれだけ相手の事を思っているのかを
知ってもらおうと努力するのです。

しかし、これがかえって逆効果で、
相手の気持ちは、ますますそっぽを向いてしまうのです。

こんな時、半年の修行をするといいですよ。

半年という月日は、不思議な長さで、
肉体の細胞がすべて入れ替わるのにに半年かかると聞いたことがありますし、
占いの世界でも、陰陽の入れ替わりを半年単位で見るものもあります。
私は霊的な面で何かあると思っているのですが、

そのぐらい、半年、というのは、
大なり小なり、肉体や精神に、
確実に変化をもたらしてくれるのです。

これまで当たり前のように存在していた彼氏や彼女が、
まるで別人のようになってしまったり、冷たくあしらわれたりすると、
「そんな、男の(女の)ことで、生き死にを考えるなんて・・・」って、
自分でも自分を疑ってしまうほど、生きる希望を失ってしまうものです。
実際、経験したことがある人は、よく分かると思います。

半年の修行。

この間、相手への連絡を一切絶つのです。
こらえるのです。
何があっても、こちらからはコンタクトをとらないのです。
半年は、辛く長いです。
せつなさや、悲しみがこみ上げてきて、それを吐き出さずに入られなくなり、
『返事はのぞまないから』、と、一方的なメールを送ってしまう。
これは、せっかく二人の関係が時間的にも、
空間的にも距離をおいて成長しようとしているのを、阻みます。
夜寝る時も、朝起きるときも、通勤電車の中でも、
新聞を読んでいる時でも、食事をしている時でも、
何をしている時でも、相手のことが頭から離れずに、
苦しみます。
辛くて辛くて、声を出して泣いてしまうこともあるでしょう。
どんどん泣いたほうがいいです。
友達に話を聞いてもらうのもいいです。
体を動かすのもいいです。
やけ食いするのもいいです。
他の異性とデートするのもいいです。
半年という時間を稼ぐことなら、なにをしてもいいです。
ただし、お相手の方とこちらからコンタクトを取るのだけはしてはいけません。
メルアドなどは、削除してしまったほうがいいかもしれません。
もし、半年経たないうちに相手の方から連絡がきたら、
そのときは、自分の気持ちに正直になるといいでしょう。
ですが、そのあともまた、すぐに苦行に戻ります。
まだまだ、こちらから連絡を取ってはいけないのです。
せっかく、少し気持ちが落ち着いてきたのに、
連絡がついてしまったことに、またしても心が荒れ狂って来ます。
夢のような一瞬の出来事が、なにもかも狂わせ振り出しに引き戻します。

それでも、半年がまんしてみるのです。

必ず、自分の中の何かが答えを教えてくれますから。

そして、この後にもまた、次の修行が待っているのです。

















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2009年1月12日 (月)

息を合わせる

男女のカップルで、相手に違和感や疲労感などを感じてしまう場合、
相手との呼吸が合っていないことが多いのです。

息を吸ったり吐いたりする、リズムというかタイミングのようなものですが、

彼氏や彼女と一緒に寝ていて、
相手の息を吸ったり吐いたりする音が妙に気になるときがあります。

愛しい人であれば、その寝息がなんともいえない幸福感を与えてくれたりしますが、
これが何日も、何週間も、何ヶ月も続いてくると、

「一緒だとよく眠れない」となってくるのです。

何かが一体化しているカップルというのは、
この相手の呼吸が耳に残るというのはないのです。

自分と相手がまったく同じリズム、タイミングで呼吸しているので
気にならないのです。

お相手の方と、呼吸が合っている間は、通じ合っています。

最近なんだかヘン・・・、と感じているカップルのかたは、
相手の息を、意識して聞いてみてください。
合っていなければ、相手と手を合わせるなり、握るなりして、
10分ぐらい吸ったり吐いたりのリズムを合わせてみてください。

相手に合わせさせるのではなく、自分が相手に合わせるのです。

男女のカップルに限らず、周囲の人と呼吸が合わなくなって、
すれ違いを感じるときは、
自分の心の中に謙虚さがなくなってきているときなのです。

息が合うから、相性が合う、合わないじゃなくて、
自分自身の心の状態に気づくためのサインの一つなのです。











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2009年1月11日 (日)

平等

生れ落ちた環境によって人生のスタートというのが違ってきます。

経済的にも精神的にも豊かな環境で育つったり、
容姿や肉体の機能が恵まれていたり、
親が離婚したり、生活に困ったり、虐待されたり、病気を抱えていたりと、
いわゆる恵まれない環境で育つ人とがいます。

人は平等なのか?不平等なのか?

と考えると、スタート地点ですでに差がついているので、
とてもじゃないけど平等なんて思えません。

しかし、スタート場所は違っても、
どんな人にもチャンスはあるし、どんな人にも試練はあります。

生活環境や目に見える部分というのは、一見不平等に見えますが、
神様というのは、みんなに何らかの試練を与え、
何らかのチャンスを与え、
何らかの個性を同じように与えてくれているのです。

神様は、その人の魂の成長だけを見ていると想像すると、
魂の世界では、お金持ちもそうでない人も、
人生のステージが高い人も低い人も、
有名人も犯罪者も、
みんなが同じ土俵に立っていると考えることができるのです。

ですから、どんな環境であっても、
他人の評価や世間の評判や、
一般的な常識や、
自分勝手な劣等感などに惑わされないで、
魂のレベルで、今の環境を精一杯生きてほしいと思うのです。

魂レベルでは、この世の中は平等なのです。

不平等を作っているのは、自分自身の錯覚なのです。

ですから、「あの人はお金も時間もあって、特別だから・・」とか、
「どうせ自分は・・・」などど、不公平を感じてしまう人は、
こんな惑わされ言葉を使わない練習をしてほしいのです。

魂のレベルは、環境ではなく、
自分の意識で、上げたり下げたりできるはずなのです。














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2008年12月31日 (水)

感謝

当たり前に存在している人、身近なすべてのものに対して

『ありがとう』、って心から言えたら素敵ですね。

できれば、思うだけではなく声に出して。

小さな声でもいいですから、心をこめて。

そして、自分自身に対しても。

ありがとう。












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2008年12月28日 (日)

お参りのしかた

初詣で、神社などにお参りに行かれる方が多いと思いますが

そのときに、例えば
「今年こそ、素敵な結婚相手にめぐり合わせてください」
なんてお願い事をするのではなく
「こんな不況なのに結婚を考えられる環境を与えてくれてありがとう」
と、お礼を言うといいですよ。

無いものをねだるよりも、あるものに感謝するのです。

今年一年間の報告をして、天にお礼をいうと、
天は、お礼を返してくれるといいます。


また、お賽銭は、神様には届かないそうです。
お賽銭は神社の維持に必要なだけなので、
もしお賽銭を投げるのであれば、そのつもりでお投げください。

神様は、いつもお願いばかりされていて大変です。
自分でできることは、自分でやりましょう。

せめて、このブログを見た人達は、
お参りの時は、「ありがとう」とお礼を言ってほしいです。

神様は、お賽銭を沢山くれる人よりも、
感謝してくれる人が大好きなのです。

神様に好かれると、お願いするよりもいいことがありますよ、きっと!












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2008年12月24日 (水)

本当の天命とは

先日、「スピリチュアル紫微斗数推命」をご購入いただいた方たちの
カウンセリングを行いましたが、その中の一人で、
50代半ばの男性との会話です。
(ご本人の了解を得て書かせていただいています)

この男性は、3年前に長年勤めた会社を辞め、
占いを使ったコンサルティング業を目指しましたが挫折し、
今現在、救急病院の夜間受付に派遣社員として雇われて、家族を養っています。


夜間の仕事で体がきつい、やりがいがない、
自分ひとりしかいなくて責任が重い、
なかなか占いの方の勉強が進まない、
女房がバカにしているみたいだ、
お金がなくて・・・、などなど多くの不満材料を抱えていました。

しかし、よく考えると、今の救急病院で、
夜間一人で現場にいるというのは、
占いを使って人の心をケアするのに絶好の環境なのです。


私は思わず
『最高の環境じゃないですか、
どんどん、悩みのある人の手助けをしてあげれられますね、
他に文句を言う人もいないし、
通常の業務を早くこなしてしまえば、残りの時間は自分の自由に使えるし、
神様がしっかりとあなたに最高の場所を用意してくれていたのですね』と、
ワクワクして言いました。


するとこの男性の沈んでいた顔色が見る見る明るくなり、

「紅竜さんにそういわれるまで、まったく気がつきませんでした、
でも良く考えてみると、自殺未遂で運ばれてくる人なんて半分以上いますから、
悩んでいる人多いんですよね。
それに、私はここの職場を紹介されるまで、
他のもっと割りのいい昼間の仕事の面接を3社ぐらい受けたのですが、
すべて落ちてしまったのです。
受かる自信あったんですよ。
自慢じゃないですが私は○○大学の大学院まで出ているし、そこそこの職歴もあります。

それなのに受かったのがここだけ、
正直、自分はこんなところでくすぶっている人間じゃない、
なんて心のどこかに傲慢な気持ちがありました。」


『だれだって、傲慢な気持ちになってしまうことはありますから、
それに気がついたら、謙虚にもどればいいだけです。
そして、もう、あなたならお気づきですよね。
確実に受かるはずの会社に受からなかった、
そして、こんな薄暗い夜の病院勤めをやらされている。
これは何かの使命が与えられているとしか考えられないですよね。
是非、病院に運ばれてくる人達の心に火を灯してあげてください。』


「本当に、今から思うと導かれているとしか思えません。
ありがとうございました、早速、明日から自分にできる事を探してみます!」


紫微斗数推命のカウンセリングから、このような結末になりましたが、

どんな人でも、今、目の前にある仕事を、どうやって最高の時間にしてみるか、
そんな事を考えて過ごしていると、不平不満を言っている暇はありませんし、
やがて不思議と次の使命が与えられたりするのです。



天命なんて本当はどこにも存在していなくて、

今を、とにかく一生懸命生きることが、本当の天命なのではないかと、
私はつくづく思います。




















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色味

もう、白か黒かをつける二色の時代じゃなくなっているんです。

だからといって、グレーの曖昧さを選ぶのではなく、
白や黒から、赤や緑や黄色や紫や
自分の好きな道、楽しめる道を見つけ、進む時代なのです。

ということは、占いに関しても、吉凶をつける時代じゃないのです。

占いは使いようによっては、
その人の能力開発に、素晴らしい後押しをしてくれるものです。

私は、世の中から警察が必要なくなるように
占いも必要のない時代が来ればいいと思っていましたが、

古代からずっと引き継がれ、
その時代、時代の感性によって成長してきた占いというものの
今の願いというのが、
「あなたはそのままで素晴らしい存在なのですよ、応援しますよ」
と言っているように思えて仕方がないのです。

ひとりでも多くの人に、こんな占いの使い方を知って欲しいし、
広めてくれる人が増えると素晴らしいな~って思います。













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2008年12月22日 (月)

印星の時代

最近、「斉藤ひとり」さんという、http://www.dokan.co.jp/
日本の最高納税額の記録を塗り替えた人に興味があって、
色々本を読んだりCDなどを聞いているのですが、

斉藤さん曰く、

「これからの時代は、正しいとか正しくないとかで物事を決めるのではなく、

楽しいか楽しくないかで判断する時代なんだ」そうです。

これ、まさしくその通りだと思いますね。

常識やお決まりの道徳観念よりも、
自分が楽しいと感じる方を選択することが大切な時代。

占いも、吉凶や当てモノなどではなく、
このようにポジティブに見る人が増えてくると、
今の何倍も自分を信じて人生を楽しめるようになりますよ~。

この考え方は、四柱推命で言うところの
「印星」と似ているのですが、
「印星」を命式に持っている方は、存分にそいつを意識してみてください。
また、私もそうなのですが、「印星」をもっていない方は、
持っている人のマネをしてみるといいですよ。

「印星」の頭の中には、どこまでもどこまでも物事を楽しむ思考回路しかないですし、
過去の記憶は、どこまでもどこまでも楽しかったことに塗り替えられていて、
自分好きの代表みたいなものですから。

















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差をつけるには

先日ある化粧品会社のイベントに参加してきたのですが、
そのときの一組の販売員とお客さんの会話です。

「ちょっと、お肌がかなり疲れてますよね~」と、
販売員の方がその人のお肌の状態などを説明していると、
50代ぐらいのお客さんのほうが
「結婚が早かったので子育てに追われて・・・・」といい始めたのです。
が、その販売員の方は
「大丈夫です、○○化粧品なら1年間で別人のようにきれいになります」と言って、
そのお客さんの言葉をさえぎったのです。

そのお客さんは、ちょっと消化不良のような顔をしていましたが、

その後メイクのほうも進み、
「あー、きれいになった~」「ほら、みて~」
なんて会話があちこちで飛び交っている時に、
その販売員とお客さんのペアの会話がまた耳に飛び込んできて、

「ほら!随分変わりましたね!きれいですよ~」と、販売員のセリフ。
私も調子の乗って、「ほんと、まっすぐ家に帰ったらもったいないですよ~」
などと横から口を挟んだりしていたのですが、
そのとき販売員の方が
「口角をもっときゅっと上げるといいですよ、下がっていますからね」と言ったのです。

その瞬間、それまでニコニコしていたお客さんの顔が、またしても曇ってしまったのです。

結局この方は、「主人に相談してみるわ~」といって、一つも商品を買わないで帰っていきました。



どんなにいい商品でも、それを売る人の力、つまり人間力がその行方を左右します。

このお客さんに関して言えば、
まず、自分がどのように肌に無茶をしてきたのか、
聞いて欲しかったのではないでしょうか。

どんな事情でお肌のケアをしなかったのか、
もしくは、できなかったのかをわかって欲しかったのだと思うのです。
何か大きな苦労があったのかも知れない、
それを「そうだったのですか、大変でしたね」とひとこと言ってほしかったのではないかと。

また、「口角が下がっている人」を笑顔にするには、
「口角を上げたほうがいいですよ」じゃ、通じないのです。
相手はそんなことわかっているはずなのです。

それよりも「笑顔が素敵ですね~」とか、
「一緒にいると和みます~」なんて言ってあげれば
誰だってうれしくなって口角は自然と上がるのです。

もう、世の中はモノがあふれている時代です。
モノの価値が平均化しているのです。
こうなると、何がそこに差をつけるかというと、
それは、相手のことをどれだけ思いやることができるかという、『人の力』なのです。
相手の身になってとことん考えることが出来る力なのです。

身につけるべきは、理論や技術などではなく
いかに人に喜んでもらえるかという、気持ちのよさなのです。
















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2008年12月15日 (月)

時間調整

「もっと早くこれやればよかった」

「あの時これに出会っていたら今頃・・・」

よく、こういうセリフを言う人がいますが、
今だから、出会ったのですよ。

過去にその道を通ってきたからこそ、出会うことができたのです。

人だけではなくどんなものでも、出会いのタイミングというのは
守護霊が時間調整してくれているのです。

ですから、「もう、今からじゃ遅い・・・」ということもないのです。

















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2008年12月14日 (日)

日課

本当に神様というのは、人間に色々な形で試験をしてきます。

毎日、毎日、試験をされていると思ってもいいかもしれません。

その試験というのは、
いつ、どんな時でも、物事を肯定的に捉えられるかどうかという、
頭の使い方の試験なのです。

これを、いつもいつも意識して、
何があっても意識して、「参ったな~」ではなく、「あ~こうなってよかったぁ~」と、
頭を全肯定脳に切り替えることができると、試験に受かります。

試験に受かると、どうなるかというと、物事がうまくいくようになってきます。

ですから、「なんで自分ばっかり」、なんて思ってしまう人は、
肯定脳作りの試験を意識してみてください。
すぐにはできなくても、練習すればできるようになります

そうすると、今、前のことに一生懸命になることが楽しくなってきます。

幸せ感が体に充満してきて、
周りに人が集まるようになってきます。

まずは、毎日毎日の、神様の試験に合格することが大事ですね。

何でも物事は21日間続けることができると、
それはもう習慣化されます。

まずは、3週間、何もかも「これでいいのだ!」と、
自分も他人も認めてあげる、許してあげる、
好きになってあげる、喜んであげる、
こんな言葉を使う練習をしてみるといいですよ。

私の生徒さんは、素晴らしい人ばっかりで、
どんなに苦しい状況でも、自分を許してあげる、褒めてあげる、認めてあげる
ということをしています。

こういう人は、必ず幸せになれるんですね。















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2008年12月12日 (金)

「何でもいい」じゃだめ

『私なんて、何にも特別なことできないから・・・』、

特別なことなんてするために人は生まれてきているわけじゃないのです。

人ができないことをするから、価値があるのではないのです。

人から賞賛されるから、立派なのではないのです。

すごい人っていうのは、自分のことが大好きで、自分を信じていて、
自分を大切するように、周りの人も大切にすることが出来る人のことを言うのです。

すごくない人というのは、
自分の持っているものを大切にすることを忘れて、
人のもっているものをうらやましがったり、妬んだり、恨んだりするような人です。

こんな時、物事がうまくいかなくなるのです。
『私なんて・・・』って思いながら、人の不幸を望むようになっているからね。

そんな心の状態を魂はひどく嫌がるから、悩みが発生して、
占いに頼ることが多くなるのです、正解が欲しくなるのです。

弱った時は誰だって何かに頼りたくなるのだからいいのですが、
そのときに、個性を決め付けるような鑑定とか、
なかなか自分の未来に光が見えないような鑑定をする人がいたり、
サイトがあったり、雑誌などがあったら、決してそれ、信じないでください。

信じると、本当にその通りになってしまいます。
自分を信じると、これもまた本当にその通りになります。

いい生まれ、悪い生まれ、何てないんですよ。

自分の個性を生かすも殺すも、自分次第、こんなこともう、誰だって知っていますね。

だけど、できない。

何故だろう。

自分に聞かないで、人に聞くからです。

練習として、「今日、何食べる?」なんて、デートや友達と出かけるときに聞かれたら、

「なんでもいい」なんて、答えないことです。

自分の食べたいものを、自分のからだから聞きだすまでは答えてはだめ。

簡単でしょう~、是非やってみてください。






















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2008年12月10日 (水)

人を叱れる人

私は、中途半端な同情心から、
相手に誤解を受けたり、
人間関係がちょっとこじれてしまったりすることが、昔よくありました。

半端な同情心というのは、少しも相手のためにならないばかりか
自分自身の心情を抑えることで、
かえって「してあげたのに!」という、
負の感情を自分の中にも芽生えさせてしまいます。

つまり、少しもいいことなんかないんです、半端な同情心というのは。

で、私は、「あ~、かわいそうだな・・・」、と思った瞬間に同情してしまう癖があるので、
これ、自分でかなり律していたところがあるのです。

が、つい最近、またやってしまいまして、
ひどく嫌な思いをしました。

特に子供のころ、深く傷ついて育ったような人には、
ついつい引き込まれてしまって、
「せめて、今だけは優しくしてあげよう」
なんて、思ってしまうのです。

これ、優しくもなんともないんですよ。

本当に相手の事を思うのであれば、

「いつまで、ぐずぐず親のこと恨んでんの?
イヤなら、親と縁を切って、サッサと自分の人生歩みなさいな!、この甘ったれ!」

ぐらいのことを、言って上げられるようにならないとね。

もし、自分が落ち込んでいる、悲しんでいる、悩んでいる、
そんな時に、「あなた、自己チュウだからだよ、」とか、「暇だね~」
なんて言ってくれる人がいたら、宝ですよ、その人は。

なかなか、相手に恨みを買いそうなことって、
自分かわいさがある人は、言えないですから。

つまり、人を叱れるってことは、
すごいことなんですよ。それなりに自分も生きなきゃいけないからね。

人を堂々と叱れるぐらいの人格を目指したいですね。
先に言ってしまって、引っ込みがつかないから
自分もやらなきゃ、こんなのからスタートするのでもいいと思います。

まずは、嫌われて、孤独になって、
上っ面だけの人間関係を一掃して・・・、
すっきりしますよ~、是非、やってみてください。

















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2008年12月 9日 (火)

工藤幾代さん

http://members3.jcom.home.ne.jp/2120037301/

11月に「本当の自分、ウラ・オモテ」という本を出版された

工藤幾代さんのHPです。

非常に面白いです。

四柱推命の十干をここまで研究した人は、私は知りません。

アマゾンで、工藤幾代と検索すれば、

本も購入できます。

1995円で、この内容が手に入るなんて、すごいことですよ。

工藤さんは、脳内ホルモンの研究をずっとされていて

十干と脳内ホルモンの関係性を発見した人です。

四柱推命を知っている人はもちろんですが、

まったく知らない人も、面白く読めると思います。

おすすめです!



















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2008年12月 6日 (土)

星の生かし方

だいたい人は、自分のことなんて
ほんの少ししか分かっていないですから、

「本当はこうしたいのに・・・」という声を押さえ込んで、
占い師の言った一言に縛られたり、
自己啓発本のとおりにしていると、迷いが消えません。

今日、体験レッスンに来られていたかたも、
「統合」という言葉にとらわれて、
自分の内面の叫びを殺してしまうところだったと言っていました。

この方のように、何がやりたいのか感じている人は
話を聞いてみても、自分を大切に生きていて正直なんです。
良くぞここまで!というぐらい、
占いで出される星が生きいきとしているんです。

ところが、自分は何をしたいのか分からない、
こういう人が多いのは確かなんです。

ある占い師さんのところには、
「私の好きなこっとってなんですか?」っていう質問があり
びっくりしたそうです。

こんな場合は、占いでこうしたほうがいいと言ったところで
やらないし、続かないから、
今やっていることを、一生懸命やるのがいいのです。
自分に向いている、向いていないなんか考えないで
とにかく、今の環境で一生懸命生きてみる、

例えば、事務職なんて向いていない、やだやだ・・と思っても、
とにかくそういう環境にいるのだから、ムキになってやってみるんです。
すると、やってみたら案外面白いと感じたり、
そんな一生懸命の姿を見ていて、
おっこいつはいけると、上司の目に留まって、別な部署に異動になったり、
はたまた、失敗ばっかりしてクビになったりします。

げっ、クビ!!何て思わないで、
クビになったりしたら、大もうけですよ。
事務職は向いていないって、太鼓判押されたんだから、
もう、その仕事につこうかどうしようか迷うことはないのですから。

やりたいことがある、
こういう人は、それを思いっきりやったほうがいいし、

やりたいことがわからない、
こういう人は、つべこべ言わずに、今、一生懸命やってみるといいですね。

だいたいどんなことでも、一生懸命やっていると光ってきますし、
頑張っている自分のことが好きになってくるから、
案外運命も、いい方向に回りだすのです。
神様がご褒美をくれるかのように。

これができれば、本来持っている素晴らしい星を
輝かせることができるのです。














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2008年12月 1日 (月)

肯定の道づくり

前の続きですが、

正直に言って、傷つけあって、みんなに嫌われてしまった。

彼とケンカ別れしてしまった・・・、
なんてことになったら、立ち直れないぐらい苦しい思いをするかもしれません。

ここで、後悔しないで欲しいのです。ここからが心を強くする本番なのですから。

後悔なんか、しちゃいけない。

自分を責めることもしないでください。

せっかく勇気を出して自分の本心の求めている事をしてあげたのに

自分を責めてしまったり、後悔してしまったら、

本心(魂)が、かわいそう。

ようやく離れていた魂と心がつながり始めたのに、
ここで、自分を責めたら、また魂は不満を抱えたまま沈黙してしまいます。

心と魂を分離させないようにするために、言葉の威力を使うといいですよ。

決して、否定的な言葉は使わない、すべてOKにしちゃう。

あの時あんなことさえ言わなかったら・・・、辛くて苦しいと、こう思っちゃいますね、
ここを、あの時言えたから、相手もようやく正直に自分の事を話してくれた、
お互い正直になって、それでも一緒にいられないなら、
結婚する前に分かってよかった。

こんな風に、これでよかった!と、自分は良くやった、あの人のためにもなった、
こういう思考回路の道を作るのです。

頭の中に、肯定的な言葉で走る道を作っていくのです。
否定的な言葉ばかりが走っていた道を、
肯定的な言葉が走る道に補修工事していくのです。

料金所で、否定的な言葉は立ち入れないようにするのもいいですね。

道路工事をやるように、少しずつ道を広げ伸ばしていくといいですよ。

渋滞なんか、決して起きませんから、この道路は。


























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心を癒すよりも、心を強くするような方法を考えて欲しい。

癒すのは、強くなってから。

心が強くなると、癒したいとも思わなくなってくるので、
この二つは表であって裏であるのかもしれませんが、
癒されて癒されて、心が強くなればそれはそれでいいですが、
そんな人、私は見たことがありません。
(癒しという概念が本当は今の癒し感覚とは違うのかもしれない)

骨だって筋肉だって、負荷を与えるからこそ強く、太くなりますね。

ダンベルなどを使って筋トレをする時も、
その筋肉に負荷を与えてパンプアップさせて、
痛めつけて痛めつけて、ギリギリまで痛めつけて、
傷ついた筋肉は、こんないじめられるんじゃたまんないよと、
いじめに耐えられるだけ大きくなろうと、
夜中の眠っている間にせっせと強化作業をおこなっているのです。

スケートの真央ちゃんだって、失敗するのを恐れているときはいい演技ができなかった、
失敗してもいい、それが今の自分の実力だ、精一杯やるだけだ、
と思えるようになって、あのような素晴らしい演技ができた、
越えられた。

心もこれと同じだと思うのです。

強くなりたいと思っている人、多いと思います。

もし、今の苦しみから抜け出したい、強くなりたいと思っているのなら、
真剣に思っているのなら、傷つくことを恐れないでください。

嫌いなヤツがいたら、「あんたの性格が嫌い」とはっきり言うのです。
すると、今度は相手も「あんたこそ、性格最悪」などと言ってきます。

これが、心を鍛える絶好のやりとりなのです。
もちろん、言葉を選ぶことは大切ですが、我慢しないことです。

言われたくない、傷つきたくないから自分も言わない、
これじゃ、お互い強くはなれません。

自分の周りで、ずけずけ言ってくれる人がいたら、
その人のマネをするといいのです。

思ってもいないのに、あえて他人の欠点を探して言えといっているのではなく、
いやなことは嫌、いいことはいい、これをはっきりと意思表示するのです。

正直で素直になるだけなのですが、これが、結構難しい。

正直に何でも話したら、相手が傷ついてしまう・・・、

こういう考え方が人間関係のこじれを生むのです。
心の弱さを育てるのです。

自分が言われたくないから、言わないだけですね、
本当に相手の事を思っているのなら、
いけないと思っていることは言ってあげるべきです。

そうすると、相手も、正直に言ってくれます。
これ、慣れていないと、結構きついですが、
慣れてください。

慣れると、本当に信頼できる人しか周りに残らなくなります。

これ、最高の神様の贈り物ですよ、宝物ですよ。


幼い頃、深く傷ついた経験がある人は、
傷つく事を恐れて、言いたいこともやりたいことも我慢しているうちに、
本当に自分がやりたかったこと、何が好きで何が嫌なのかが分からなくなっています。

だけど、本心では、知っています。
だから、不満が募るのです。
不満が募っているうちは、まだ、マヒしていないので正常です。

少しずつでいいですから、正直に自分を出す練習をしてみてください。
そのたびに、やっぱり言わなきゃよかった・・・と、悲しい思いをするかもしれません。
ひとりぼっちになってしまう時期があるかもしれません。
しかし、正直に言えた自分を褒めてあげるのです。
すると、必ず、強い心が育ってきますから。

つづく。





















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2008年11月28日 (金)

年末だしね、占い師への質問の仕方

人生が思うように運ばなくて、腕のいい占い師に見てもらったら
ズバズバ、過去を当てられた。

そして、未来はこうなるから、こうしたらいいというアドバイスをもらった。

『例えば、今の仕事は何があっても辞めてはいけないよ、
ずっと続けていたほうがいいからね、
そうすれば、お金に困らないで一生安心して暮らせるよ』

だけど、どんな人の人生も山あり谷ありです。

必ず、また思うように行かない、と不平不満がたまってくる時があります。

そんな時、別な占い師に見てもらったら、
またしてもこれまでの事をズバズバ当てられて、
すごい!と思いながら聞いていたら、
今度は、すぐに今の仕事を辞めたほうがいいよ、と言われた・・・・、

こんなとき、どうしますか???

こうやって、自分以外の何かに人生をゆだねる人、ゆだねている時期というのは、
右か左か、いったいどっちに行ったらいいの?という、
まさしく岐路に立たされることが、不思議と増えてくるのです。
岐路で迷い、自分はどっちに行ったらいいのか、他人に道を聞く、
するとまたすぐに同じような分かれ道に行き着いてしまう、
進んでも進んでも、同じような壁に突き当たる、
周りにどんどん取り残されるような気がして焦ってきて、
手っ取り早く抜け出せる近道を今度は探しはじめるけれど、
心の不安感は小さくなるどころか、どんどん膨らんでいってしまう・・・。

そんな風に人生はできているようです。

もし、なかなか自立心を養うことができずに、占いに頼ってしまうのであれば、
せめて、何故そう言われるのか?
自分にはどんな能力があるのか?

ここを忘れずに聞いてください。
星の判断というのは、様々な解釈の仕方があります。
自分のもっている星の意味を、たくさん聞いてください。
そして、答えは自分で見つけてください。
真剣に考えれば、必ずこうしてみようという答えが降りてきます。

「私はこの先どうすればいいのでしょうか?」という質問のしかたは、
確実に占いに振り回されてしまうので、運勢を下げてしまいます。
しないほうがいいです。

自分で自分の人生を決める材料を集めるために
占い師を利用してください。

これができれば、必ず来年からいい年になりますから!

「だったら、何も占い師のところに行く必要ないじゃん、自分で勉強しよう」

これ、最高!!!













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2008年11月26日 (水)

人助け

心が満たされていない人ほど、人助けやボランティアなどに関心を抱きやすいのです。

だけど自分が満たされていないのだから、
そんな状態で人に何かを与えてしまったら、自分はカラカラになってしまいます。

「私、自分のことはいつも後回しで、みんなのこと考えちゃうんです。」

一見、とても立派な考えのようですが、こういうセリフが口をついて出る人というのは、
みんな寂しげ、辛そうですね。

本心では、自分のことを一番に考えて欲しいから、人にそうするのです。


占い関係や、今はやりの霊気、ボランティア、癒し系セミナーなど、
こういったものに関心を抱く人のほとんどが、初めは満たされない心を持っています。

そして半分以上の人が、満たされない心を抱えたまま、
どんどん、どんどん、無駄にエネルギーを消耗しているのです。

そんな心の状態で人助けをしても、精神的にイライラしたり、性格が歪んでしまったり、怒りっぽくなったり、物事がうまくいかなかったり、体調をくずしたり、ひどい場合はガンなどの重い病気を引き寄せたりするのです。



満たされていない心は、何とかしたほうがいいのですが、
満たされていないのに、人助けのようなことをするのは良くないです。やめたほうがいいです。

まずは、自分が豊かになることを目指してください。

豊かになれば、豊かさが自然とからだからあふれてきます。

愛情に満たされれば、それがあふれてきて、自然と周りに愛を与えることができます。

感謝の気持ちでいっぱいになれば、自然とありがとう、という言葉がでてくるのです。
相手にも、幸せになって欲しいと、自然と身体が動くようになっているのです。

まずは、自分に意識を向けるようにして欲しいと思います。

「人助けをしたいんです」

こんな風に思ってしまう人は、まず自分が幸せになることを

真剣に考える、そしてそれを実行することを優先して欲しいと思います。




























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2008年11月24日 (月)

未来を知りたい心

占いで未来予知をすることは、私はあまり勧めていないのです。
なぜならば、その人の可能性が狭められてしまうことが大半だからなのです。

未来予知をして、可能性を広げることができる人も確かにいます。
しかし、そういう人は、未来予知に依存していないのです。

今までの自分の生き方がこうだから、この先こんな星が巡ってきたとき
きっと、こんな風な人生を歩むことが考えられるだろう、
だから今はこれを徹底的にやっておこう、
この先大変なことが起きるかもしれないが、別な面では広がりができるぞ、

こんな発想をして、恐怖心や不安感など微塵も抱いていないのです。



しかし大半の占いマニアの人は、自分の未来をこのように解釈することはできません。

どう解釈するかというと、吉か凶か、この二つで不安感を解消しようとするのです。
この先いいの?悪いの?幸せになれるの?不幸になるの?
ほとんどの人が、こういう心理状態で未来を知りたがるのです。

ですから、私は吉凶で診断する未来予知というのを好かないのです。

先のことが心配になるという心理状態の時というのは、
必ず今の自分に不満のあるときなのです。

今、不満があるとそれは不安感につながります。
不安感があるからこそ、未来を予測して未来に安心を求めてしまうのです。

こういう気持ちで未来予測をしても、決して人生が開けることはないですよね。

未来の吉凶を気にするのなら、未来予測はしないほうが賢明です。

今、精一杯生きることが先決なのです。

先のことが気になったら、一つの人生リズムとして過去を振り返って、
バージョンをアップするように努力しようとするのはいいですが、
吉凶の心配はする必要はないのです。

今、一生懸命生きている人の未来が、明るくないわけがないのですから。
心配しないで、ぶつかっていけばいいのです。



































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2008年11月23日 (日)

鎮痛剤

占いを教えていて感じることは、

『自分の人生なのだから、

自分で勉強して、自分で決めて行こうよ!』

こんな頭の使い方をする人に対しては、

占いの方も喜んでその人の進むべき道を教えてくれるような気がします。

迷ったり悩んだりしている真っ最中の時は、苦しくて誰かの力を必要としますが、

そういう心理状態の時に占い師のところを訪ねても、
一時の気休め、鎮痛剤のような作用しかありません。

変に痛みを抑えると、その原因がどこにあるのか分からずに、
また同じような痛みがおそってきます。

痛いな・・・、苦しいな・・・、辛いよ・・・、と感じるときこそ、
その原因を探る絶好のチャンスともいえるのです。

鎮痛剤でぼかさずに、どこがどのように痛くて、どうしてそうなったのか探ってみる、

そんな練習をしていくと、幸運を手に入れるコツが見えてくると思います。





















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2008年11月21日 (金)

結婚

12月7日に、2年ほど通ってきてくれていた生徒さんが、結婚します。

結婚式に招かれたのですが、残念ながら出席することができないので、
彼女の思い出を少しだけ。

泣いてばかりいた生徒さん。

彼女が初めてカウンセリングを受けに来たとき、
ちょうど静岡からおいしいみかんが届いていて、
食べきれないので、スーパーの袋にごっそりお土産として
もって帰ってもらった。

(一回しか来ない人より、他の生徒さんにとっておいたほうがいいよな~)

と、いう思いが頭をよぎりながら、
「すっごくおいしいんだよ~、このみかん!」
といいながら、みかんを袋に詰めていたのだけど、
頭のもう半分のほうでは、

(なんだか、この子、また来そうなきがするな~)という気もしていたのです。



それから、数ヵ月後、彼女は毎月一回、日曜日に、
千葉のほうから、延々と一時間以上かけて、私のところに来ることになりました。

自分でもどう扱っていいのか分からずに、これまで深く心に留めていた苦しみが、
苦しみというより、悲しみが
どんどん表に出たがってきて、自分でも抑えきれない。

(占いを習いに来ているのだから、勉強しなきゃ!)という彼女の決意も
この表に出たがっている悲しみには勝てません。
一生懸命涙をこらえながら話すのですが、
どうしても、涙がこぼれてしまう。

特に彼女のお母さんや妹さんの話しをする時は、
口を開く前からもう涙ぐんでいました。
その涙は、
もっと家族みんなが分かり合えればいいのに、
どうしていつもこうなってしまうのだろう、、、
自分の思いが伝わらない、理解してもらえない、
自分が助けてあげなきゃ、だけどどうしたらいいのかわからない、
そんな悲しい心を抱えて、泣いてばかりいた生徒さん。

彼女が泣かなくなったのは、いつ頃からだったのだろう。

言い争いの絶えない実家を出て、一人暮らしを始めたのだけど、
占い師に勧められた方位に引越しをしても、いいことなんか一つもない。
隣りはうるさいし、アパートの日当たりは悪くて、どこに隙間があるのか、
冬でも蚊がいる始末、実家にもどろうか、、、、
戻るならいつがいいのですか?

だけど今の仕事も辞めたい、
転職をして、新しい会社の近くに引っ越したほうが無駄がない?
でも、なにをしたらいいのかわからない、

それまで付き合っていた彼氏に、結婚しようと言われて、
怖くなって断ってしまった、何であんなこといってしまったのか、
すごく後悔している、、、、ヨリを戻そうと思ったら、彼は別な人と結婚していた。

いい人がいたら付き合いたいけど、
喧嘩ばかりして憎しみあっていた両親を見ていると、
自分も、両親のようになってしまうかもしれない、
こわい。

こんな状態だった彼女が、去年、
思い切って仕事をやめ、失業保険をもらうまでの間、
今までやりたかった事を、片っ端からやり始めたのです。
ウーフーという農業体験をしに、長野や静岡に泊まりがけで何日も出かけたり、
フィンドフォンの合宿に参加したり、
あっち行ったり、こっち行ったり、
家賃もったいないんじゃないの???というぐらい、なんだか色々やってました。

彼女の変化は、まぶしいぐらいでした。

このころからかな、涙を流すことが減ってきたのは。

そして、よくレッスン中に話題に上っていた男性とお付き合いが始まり、
すったもんだの末、ようやく結婚です。

結婚してからもしばらくは、すったもんだが続きそうだな~(笑)

この場を借りて、「おめでとう」。

しばらくは、レッスンは休み休みになりますが、
こういう経験をした人が、つぎに同じように悩み苦しんでいる人に手を差し伸べて、
自分で自分の道を決めて歩んでいくよう、サポートしてくれるのです。

こんな、自力開運の連鎖を広げていきたい。
















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2008年11月20日 (木)

11月27日から

11月27日から、冥王星が射手座からやぎ座に移動します。

やぎ座は、社会性や常識やルールや忍耐などを意味しますが

ここに、破壊と再建を司る冥王星が進入してくるのです。

この冥王星は一つの星座に約13年とどまるといわれています。

社会的に今まで当たり前にあったものや、常識的なルール感が、
ガラガラと音を立てて崩れていき
跡形も無く原型をなくしてしまうのが冥王星の破壊の作用です。

そして、まったく新しく、まるで別人のような再生が
破壊作用の後に訪れます。

やぎ座に太陽がある人も、体の内側で意識の大変革などが行われ、
これまでとはまったく違った生き方や目的が見つかる可能性がありますね。










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2008年11月18日 (火)

ものわすれ

最近、忙しすぎたせいか、それとも年齢的なものか、

物忘れが激しいです。

物忘れが激しいから、忘れてはいけないとメモをとるのだけど

そのメモがどっかいっちゃう。。。。



















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2008年11月11日 (火)

真の継続

どんなものでも、そこに命が流れているかぎり

長い間、もしくは永遠にその姿を保ち続けることはできません。

どんなに望んでも、形は変わっていくのです。

終わるのではなく、紡いでいくのです。










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乱れ

自分に対する不信感がたまってくると、人は不安がつのり
よそにその埋め合わせを求めようとする習性があります。

それは、愚痴や他人批判、攻撃、というかたちで現れたり、
自虐的になって必要以上に自分を責めたり、
食生活が乱れたり、睡眠が乱れたり、服装が乱れたり、
教祖さま的な人を求めたり、
一生懸命、外にその埋め合わせを求めるのです。

しかし、自分の内の空の部分は、外ではなく、
内側にそれを求めない限り、埋めることはできません。
自力とは、こういうことで、
何でもかんでもつっぱって自分ひとりでやってみせる!ということではないのです。

簡単にいってしまえば、こうすればもっとよくなる、
と知っていることを、素直にやっていれば、
人の心は乱れないし、うまくいくようにできているのです。

しかし、人なんだから乱れます。
乱れに、なるべく早く気づくことです。
せっかく乱れが教えてくれているのですから。















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2008年11月 7日 (金)

批判のもと

人を批判したい事柄というのは、
自分が過去にその部分をかなり厳しく律していたとか、抑制していたか、
今現在も意識して制御している部分なのです。

すべての諸悪の根元は「嫉妬」にある、
と言う人の心には、とてつもなく強い嫉妬心が根をはっているということです。


私も、このブログに書いたり、「かくあるべきだ」などと話したりする内容は、
その部分をことさらに意識して律し自分を高めようとしている部分なのです。

自分が人を批判している内容を今一度自分で振り返ってみると、よく分かります。

「自力・自力」と口にする場合は、「他力本願」が根底にあります。
それを毎日の努力で何とか変わろうとしているのです。
ただ、そういった自分の裏側も知ることは、
他人との人間関係を作っていく上でとても大切なことです。
気づかないと、傲慢さが生まれ、人間関係のバランスをくずします。

人を批判するよりも、自分を省みるほうが負は生まれません。
(省みるとは、振り返るということで、自分を恥じるという意味ではありません)

そして、周りの人に対しても、
言葉ヅラに惑わされるのではなく、
「あ~、その部分に一生懸命なんだな」と、気づくことができれば、
批判しようなんて気持ちは、とんと薄れて来ると思います。









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2008年11月 4日 (火)

誠実

これといって輝かしい経歴や、立派な資格や、ドラマチックな過去などなくたって、

いつも、どんな時でも、人に対して誠実に生きてきた。

こんな人が、私のスクールに通ってきてくださっています。

人に誇れるようなものなどなくても、

人との関係を大切にする気持ちのある人を、私はとても尊敬します。

グズだろうが、へたくそだろうが、平凡だろうが、

そんなことは開運には一切関係ありません。















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2008年11月 3日 (月)

まことの敵

感覚的な快楽と、魂の悦びとは違います。

感覚的な快楽は、すぐに終わってしまう。

もっともっととなってしまう。

翻弄されてしまう。

引きずられてしまう。

例えば麻薬がわるいのではなくて、

それを欲する自分の中に咎めるものがあるのです。
















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転換期

『何か違う』、

『このままではいけない』、

私は、30歳~35歳ごろまで、
こういった漠然とした不透明な思いをいつも抱えながら仕事をしていました。

唯一、仕事でお客さん(会員制のあるクラブにいました)と接しているときだけが、
本物の自分で、それ以外の時間はどこか上の空でした。

37歳ごろから、これまでの自分の人生とはまったく違う道を歩むようになり、
ようやく、『何か違う』という、魂の声を聞かずにすむようになりました。



私のところには、同じような魂の声を聞きつけながらも、
どうしたらいいのか分からずに、悩み迷いとまどっている人が多く訪れます。

こういった時期というのは、大なり小なりどんな人にもあると思うのですが、

こんな魂のつぶやきを聞きつけている人は、、
まさしく人生の転換期にいると思ってまちがないです。

人生の転換期には、必ず必要な出会いがあります。

人を成長させるも、停滞させるも、
すべては人との関係から生まれるエネルギーによるのです。

思い切って自分から、これまでの人間関係に変化を与えてみるのも、ひとつです。











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2008年11月 1日 (土)

ラッキー現象

開運というか、幸福な運気を呼び込むためには

「怒らない、妬まない、愚痴らない」

この三つの毒を体から排除するという、仏教のおしえがあります。

しかし、あまりこういった事を意識して我慢しすぎると、

かえって体の中に三毒がたまってしまうように、私は思います。

「我慢」や「忍耐」というのは、時にはマイナスのカルマを作りかねません。

それよりも、「なんだか楽しい~」と思えるような心の使い方を身につけたほうが

ラッキー現象は100倍効果があるのではないかと思います。

ラッキー現象や幸せというのは、

誰かのところに8割行ってしまったら、残りは2割なんてことはないのだから、

誰にも遠慮せずに、たくさんのラッキー現象を

独り占めするぐらいの気持ちで呼び込んだほうがいいですね。

その気になれば、何だってラッキー現象に置き換えることができますから!



















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2008年10月30日 (木)

命を知る

心と魂がかけ離れると、

必ずそこにひずみが生まれます。

心が、人を幸せに導き、そして不幸にも導くのです。

心には聖も邪も住んでいます。

それは、時には、魂の望みに反抗して幻想を抱かせます。

魂の望みを知り、

心の働きを正常にもどすために、

占いの「命(めい)」を学ぶことは、有効な手段となります。

「命」とは、魂のことです。

















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リセット

心にマイナスを蓄積すれば、魂は汚れます。

ですから魂はマイナスをひどく嫌うのです。

そして、この汚れは自分自身を不幸にするどころか
自分の周りにいる人達をも、確実に不幸にします。

魂の進化の過程で、いったんすべてをリセットしなければならない時があります。

このとき、執着を捨てることができれば、
魂は喜んで進化していくことができます。













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2008年10月28日 (火)

進歩するために

自分を知るということは、

「私は、これこれこういう人間です」と限定するのではなくて、

自分というあらゆる側面の中心に立つことです。

もし、大きな軸が縦と横の十字に組まれているとしたら

その交差する辻の場所を知ることが、自分を知るということです。

そして、いつどんな時でも、その中心に立ち返ることができるようになることが大切です。

例えば占いによって、

私は、甘くて冷たくて紫色のような性格をしています、

と、自分のいくつかの側面を知ったのなら、その中心点を探すことが大切です。

その中心軸さえ自覚できれば

自分を無限に進歩させることができるのです。

どんなにバランスが悪くても、必ず中心軸はあります。









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2008年10月27日 (月)

若大将

「ふたりを~夕闇が~」と歌う俳優さんが、
パチンコのコマーシャルに出ているのですね。

私は、あまりTVを見ないので知りませんでしたが、
びっくりしました。

本当かどうか知りませんが、
この方は多くの借金を抱えているという話を聞いた事があります。

私は、こういうボンボンタイプというか、
スマートなヤツというか、ヤサ男というか、
そういったタイプの人にはまったく関心がないので、
この俳優さんにも、興味がなかったのですが、

本当のところは何も知りませんが、
もし、何らかの事情で抱えてしまった大借金の返済のために
過去の栄光やプライドなど一切かまわず、
片っ端から仕事をうけているとすると、
その必死さに、「ジーン」とくるものがあります。

私が神様だったら、
こういう人に霊格昇進の通知を出したくなってしまいます。


※本当のところは何も知らないので、私の勝手な想像です。すんません。
















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2008年10月26日 (日)

私なんてまだ・・・

『まずは自分を磨いてから、人を助けたい』

『自分のことが何もできないのに、人のことなど今はまだ・・・』


こんなセリフがあります。

これを言っている以上、いつまでたっても成長することはできません。

人は、人によってしか、教え学ぶことはできないのです。

自分を磨くつもりで、人を助ける、
自分が何も出来ないから、人とともにできるようになるのです。


たった今から、やりましょう。



































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素直に生きる

自分に絶対的な自信を持って生きている人など、
この世の中に一人もいません。

自信を持って生きるというよりも、
素直に生きる道を、多くの人に選んで欲しいと思います。













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直観

直観やある種の勘というのは、どんな人にも平等にあります。

直観というのは、我が身を導くために働いているのだと思います。

ですから、自分の直観に従って「しまった、失敗した・・・」、と言う人は、おそらくないでしょう。

しかし、「しまった、やっぱりこうなる予感がしたんだよ。」と、
直観(無死が知らせている)をキャッチしているのにそれに従わなかった場合に、
悔しい思いを経験した人は多いと思います。

直観を素直に受けて生きている人というのは、
自分の生きるスタイルをしっかりと持っているタイプの人です。
つまり、あーだこーだ考えて悩まなくても
自分は、「こうするんだ!」と決められる人です。

こういう人は、社会的に成功者になっているとか、
精神的にも経済的にも豊かに生活している人がほとんどです。

直観を大事な場面で活かしきれない人というのは、
自分のスタイルをまだ確立できてない人たちです。
こういう人達が、占い師の門を叩いて
自分の人生スタイルをたずねてきます。

これを続けてしまうと、ますます直観を感じる力が弱まってしまいます。

しっかりと直観とつながるために、
自分のことは、自分で決めるようにしなければなりません。

どうしたらいいか分からなくても、ひとまず決めてそれをやってみる、
これを何度か練習すると、
「やっぱりだめだ、これ失敗だよ・・・」と感じる時期が必ずあります。
が、
それでもめげずに続けていくと、
それは必要な出来事だったという方向に転換してきます。

直観は、そうやって使うというか、磨くといいです。






紅竜の持論として、
多分、「失敗」という言葉は、この世の中に存在しないのではないかと思います。
そうすると、「成功」という言葉もいらない。
そこに惑わされてはいけない、
多くの洗脳が語られていますが、これらの言語も洗脳のひとつで、
成功を望むから、無用な失敗感が生まれるのです。
全ては目標に向かっていくための一つのプロセスです。
これは私の人生スタイルですが。。。














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2008年10月22日 (水)

無死

「虫の知らせ」

というのは、本当は、

『無死の知らせ』と書くのだそうです。

死の無い世界からの知らせということで、

虫が飛んできたからって、

「おっ、ご先祖様が何か伝えに来たぞ!」

と言ってはいけませんです。





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2008年10月21日 (火)

ここのところつくづく思うのですが、

人に忠告したり、文句を言ったり、批判したりしている内容というのは、

そっくりそのまま自分に向けると、

これがまた、見事に自分のことなんですね。

他人をほめている場合も、同様です。

自分の中にあるものをほめているのです。

自分がよく口にしてしまう批評や批判というのは、

自分も、まったく同じ批評や批判をされていると思って間違いないでしょう。

直すのは難しいにしても、気がつきたいもんです。












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2008年10月16日 (木)

粋なおんな

私のところに来てくださっている生徒さんで、ホステスを本業としている方が数人おります。

その中の一人のかたは、銀座に出ています。

この方は、占いの知識はかなり豊富で、
最近は、カウンセリングが中心のレッスンになっていたのですが、
私が、占いに関して、この方のお役に立てることはもうないのでは?
と、少し遠慮をしていたのです。

先日、この方のレッスン日だったのですが、

「こんにちは~、」とお部屋に入ってきて間もなく、

「紅竜さん、今日は飲み物いただくわ、コーヒーか何かあります?」

と、言われたのです。

私のところは、セルフで、
みなさん、自分で勝手に飲み物を入れていただいているのですが、
この方はいつもペットボトル持参で、サロンの飲み物には手をお付けにならなかったのです。

私は、このときコーヒーを入れながら、
『なんて素晴らしい気配りをしてくれる人なんだろう!』と、えらく感動してしまいました。

少しずうずうしく振舞って、
相手の負担を軽くしてあげようという、
なんとも遠まわしで分かりにくい気配りですが、
こういう気づかいできる人だからこそ、この方のお店は繁盛しているのでしょう。

久しぶりに、『粋なおんな』を、見た気がしました。














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2008年10月15日 (水)

理数系と文化系

今回ノーベル賞を受賞した3人は、みんな「庚(かのえ)」という星を持っていたそうです。

「庚(かのえ)」というのは、「金」の性質を持っています。

この「金」というのは、

「木・火・土・金・水」という5つある中の、一つです。
人の体はこの五つの要素で成り立っており、
この五つの中の、どれが強くて、どれが弱いのか、
それらののバランス状態で、その人のタイプや生き方が変わってきます。

これを五行説ともいうのですが、

この中で、「金・水」の性質を強く持つ人というのは、理数系、

「木・火」の性質を強く持つ人は、文化系、

「土」は、言語や数字ではない、音とか色の世界、


こんな特質を持っている傾向があります。

ノーベル物理学賞などは、「金・水」の出番なのかも知れません。

しっかり調べたわけではないので、かる~く、そんな傾向がある、ぐらいにしておきます。



死んでしまった、ロス事件の「三浦和義さん」(あえて「さん」とつけます)は、
「火」のとても強い性質をしています。
私は個人的にこの事件にはとても興味を持っていたので、
サイパンでの手記など、出版されたら読んでみたいと思っています。

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2008年10月14日 (火)

会話

最近、よく人身事故があります。

先日、知人が転職をして、
その転職先で、企業カウンセラーという人の話を聞くことになったらしいのですが、
そのカウンセラーの開口第一番が、

「みなさん、ホームの端は歩かないようにしてください。」だったそうです。

この話を、あるIT企業に努めている知人に話したら、

「本当にその通りですよ。いつ、飛び込んでもおかしくないやついっぱいいますよ。」

と言ってました。



朝から晩まで、パソコンに向かって、
同じフロアーで働いている社員はいっぱいいるのに
会話が全くないのだそうです。

人は、頭中にあるものを、話をするなり書くなりして一旦外に出さないと
本当は脳の中に何があるのか、分かっていないのだそうです。

話をするということは、他人とのコミュニケーションという作用もありますが、
自分の脳みそを整理するという意味でも、とても大切なことなのです。

「聞いてね、聞かせてね」と、
と、そこにいる人と交流しながら、
人は、自分の魂の所在を無意識に確認しているのだと思います。
会話が無くなると、魂もどこにいるのか分からなくなってしまいます。

魂と肉体をつないでいるのが、心です。

その心をいつもバランス良く、フラットな状態においておくためには、
話したり聞いたりする、会話が必要なのです。










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2008年10月13日 (月)

先生ほど

先生や教える立場ほど、

多くのことを学べる職業はないと、私はよく思います。

教える立場に立つと、教わる人達、つまり生徒さんに

なんと多くのことを学ぶことになるのか、

本当は、先生というものは、教わる側なのではないかと、
心から生徒さんに感謝したくなる時があります。

ぜひ、多くの人に、何かを教える立場に立ってもらいたいと思います。

親などは、その代表かもしれません。












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線の太さ

頭がよくて、色々知識があって、臨機応変な対応ができても、
どこか、存在の重みがない人がいます。

その反面、特別な技術や知識や学がなくても、
なぜか一目置いてしまう人がいます。



違いは、線の太さ。

線は、経験によって養われます。

ただし、どんな経験をしたかではなく、経験をどう消化したかが問題です。

色々経験しているけど、線の細い人がいる。存在の軽い人がいる。

そんな人は、ただそこを他人事のように通過するだけで、真剣みが足りない。



何があっても揺るがない、おのれの線を太くするためには、

やり始めたら、とことん真剣に取り組むことです。

経験を積むとは、こういうことだと思います。














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2008年10月10日 (金)

もっとこうするといい

「こうするといい」

と分かっていても、やらない。

「本当は、もっと掃除するといいんだけどね~、」
「本当は、もっとマメに連絡するといいんだけどね~」
「本当は、もっと早起きするといいんだけどね~」
「本当は、もっと○○するといいんだけどね~」
と、多くの人が、自分自身に対してこう言います。

私の知人で、この言葉を
「あんた、もっとこうしろ!」と、他人に対しては言っても、

自分に対しては言わない人がいます。

この場合、『お前に言われたかない!』という、自分を棚に上げている人もいますが、

その人は、自分が、「もっとこうするといい」を、やっているんです。

その部分、見習いたいと思います。













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2008年10月 8日 (水)

甘え

もう4~5年は、会っていない知人のブログを、昨晩何気なく読んでみたのですが、
かなりひどい精神状態のようで

「ふざけるな」だとか、「いい気になるな」など、

2~3行読んで、元気が吸い取られてしまうような内容が羅列されていました。

『うわっ、なんだこれ』、と、
その知人の近況でも探ってみようと思ったのですが、すぐ消してしまいました。

こういう言葉や感情が起きる時や、人というのは、
依存心や甘えが強く自分の中を占有しています。

そして周りを眺めると、同じような人たちが集まっています。

友人や恋人、夫婦などは、
その人そのものを物語るかのように、
似通ったというか、同類といった人たちで形成されます。
グループのようなものです。


自分がどんなグループに所属しているのか、
時々、天に昇ったような目線でぼんやり全体を眺めてみると、
神様が自分に云わんとしていることがわかるような気がします。

そのグループのなかで、言い合ったり、競って自分が抜きん出ようとしたところで
五十歩百歩というか、同じ穴のむじな、のようなものです。
「私は、あいつとは違う!」と思っていたって、上のほうから見ると、
「あんたもおんなじ!」で、
あいつというのは、紛れもなく同じグループにいる人です。
こういう意識がある間は、まだ、「あいつ」とは同類だと思ったほうがいいです。

それよりも、全体を底上げするような、協力意識を持つことができると
知らぬ間に、付き合う人物に変化が起きて、
自分の周りに新しいグループが形成されます。

協力し合える関係は、甘えがありません。
そして、長続きします。














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寸暇

『寸暇』

これをどう使いこなすかで、価値が違ってきますね。

時の流れは万人に共通なようでいて

『寸暇』を使いこなせる人には

一秒が、一分にも一時間にも一年にもなったりします。

私の生涯の課題の一つです。














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2008年10月 5日 (日)

なんとなくの直感

髪の毛がボサボサになってしまい、
先日紹介された、埼玉の和光の美容院まで行く時間をつくれなくて、
他の人に紹介してもらった、赤羽の美容院なら途中下車でいけるので、
今日は夕方の時間が作れたので、
そこに行ってみようと思い電話で場所を問い合わせてみました。

だけど、どうも普通の美容院の雰囲気がしなくて、
(私)「これからお伺いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「はい、どうぞ」

(私)「じゃあ、これから40分後ぐらいにお伺いします。予約はしなくていいのですか?」

「え、ええ、結構です」

名前ぐらい聞かれるかと思っていたのですが、??という感じで、

(私)「初めてなので、赤羽からの行きかたを教えてください」

「あ、パン屋さんがあるでしょ、そこを左に曲がって・・・」

と、無愛想で、慣れていない感じで、
一瞬、これはやめたほうがいいかな、とよぎったのですが、

こちらは、赤羽駅の事をよく知りませんので、
もう少し詳しく教えてくださいと聞いて、赤羽に向かいました。

だけど、赤羽駅を降りてから、どうも説明と合わないので
もう一度美容院に電話をしたら、

なんと、

「あなた、いったい何ですか?○○学会か何かの勧誘ですか?」

といきなり怒られてしまった。

私は、びっくりしてしまいました。
そっちこそ、何なんだ!やる気あるのか?と。

ここのところ、「なんとなくやめておいたほうが・・・」というのが良くあるのですが、
やっぱり、確かめなければいつまでも気になる性分なので、
ひとまず行動してみるのですが、
「なんとなく・・・」が当たり、現実は「はずれ」、が多いです。

夏から、紫微斗数推命の本を書いていて、ダメだしを何度も食らっており
(年末には刷り上る予定です、結構面白い内容になっていると自負しています。)
期限が迫ってきているプレッシャーから逃げ出したい衝動が
ほかの事に気を散らして、
「なんとなく」の直感を鈍らせているんですね、
そんな自分を省みるいい出来事でした。

目の前の現状から逃げ出そうとしている時は、
見事に、何をやっても「はずれ」ますね。

もうしばらく、ボサボサあたまのまま、踏ん張るか~。














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2008年10月 3日 (金)

気づいていない可能性

生年月日で導き出される様々な命式やら、命盤やら、チャート図やらを、
読み解く作業が占い師の一つの役割ですが、

この作業を、多くの人に自分でやって欲しいという思いが私にはあります。

命式や、命盤や、チャート図には、限りない可能性が秘められています。

この自分自身の可能性を発見するには、自分の意識の広がりや、
成長度などがかなり密接にかかわってきます。


人類の進化とともに、土星以遠の惑星が次々に発見されたように
個人の進化に伴って、今まで見えなかった自分の中の可能性が見てくるようになるのです。

これは、他人様にはできない作業です。
他人様に任せているなんて、もったいないことです。

今、目の前にあるテーマをきっちりと消化していくことによって、
はるか昔から、ずっとそこにあったのに、気がつくことができなかった
星(可能性)の存在や、働きを発見することができます。

例えば、車を運転できるようになる前と、
運転するようになった後では、道に対する感覚がまったく違ってくるように、
白バイやパトカーの存在に、「おっと、あぶねー、いやがったな」と敏感になるように、

穴ぐらに入っていると、太陽が昇ったり沈んだりしていることすら知らずいるように、
その人の置かれている意識の領域を広げるとか、高めるとか、深めることによって
自分の中のとんでもない可能性に気がつくことができるのです。

「こんなことしてみたいけど、自分にできるのだろうか・・・いじいじ・・・」

こんな風に思ってしまう人は、占いに後押ししてもらうといいのです。
「やってみたい」と思うことは、
「やっと気がついてくれましたか、ご主人、いよいよあっしの出番ですね!」というように、
必ず、その人の中に、それを発動させる星があるのです。

占いの醍醐味というのは、こんなところにあるような気がします。













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2008年9月30日 (火)

昔と今の違い

農耕民族のシュメール文化から始まった(と言われています)暦を読み解く占いは、
遊牧民族のバビロニア人によって、
時や季節を知り、北に行くか南に下るかなどの指針となって進化してきたらしいのですが、

徐々に、あの時こうだったから、今度もこうなるかもしれない、やっぱりなった、
という一つのリズムを発見し、日常生活に占いが食い込んできて、
同じ時期に生まれた人間は、共通点があるなどと気がついた人がおり、
あいつは何々星をもっているから、こんなやつだ、という分類が始まり、
どんどん、その時代に合わせて占いも進化し、大衆化されてきたのだと思います。

占いの未来予知など、最も人間が知りたいことだったので、
様々な理論が生み出され、宿命とうまく付き合っていくために
凶作用をなるべく避けて生きる道を、占いに求めてきました。

しかし、今の時代の占いとの付き合い方というのは、
こういった未来予知によって、困難を回避し、
恐怖心や不安感を最小限に抑えるものではなくて、

トラブルや困難をあえて受け入れ、それを乗り越えるための心の準備とでもいいますか、
進化のプロセスとでもいうのでしょうか、成長のチャンスとでもいうのでしょうか、
そんな風にとらえて、恐れず立ち向かって行き、一連の自然な流れととらえ、
経験を積んで、思考の幅を広げ、視点を高くもちましょう、といった、
学びだとか、進化だとか、磨きだとかのイメージで向き合ったらいいと思うのです。

宿曜の安壊や五行の相剋に代表されるような、相性に関しても同じです。

吉は凶であり、凶は吉であるのだから、
吉凶など、意識することをやめてしまえばいいのです。

善悪の二分思考が進化して、立体的な第三の目などが出てきている今、
あえて吉凶が作られるとしたら、その人の性格が作っているだけです。

今の時代に合った占いとの付き合い方があるのです。

それは、吉凶を意識して困難を回避する、
『昔ながら』の占いに対する考え方ではないのです。

未来や相性を怖がる必要は、どこにもないのです、と思います。






















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2008年9月26日 (金)

吉原

おととい知人と飲んでいて、その時の話題が妙に印象に残っているので
モヤモヤ解消法などということを、この前に書いたのですが、

その知人の、最近つきあいのある、あるお金持ちの人(男性)の話なのですが、

その人は、吉原に行くのに、ものすごい自己正当化理由を作り上げて
通っていたらしいのです。

簡単にいうと、吉原で働いている女性というのは
大半が子持ちで、生活に困っている、
少子化、少子化といって、子供のためにこぞってお金を使うよりも
吉原で働いている女性のために、お金を使ってあげた方が
よっぽど、手っ取り早く子供も母親も救うことができる、
だから、自分は吉原でお金を沢山使ってあげるし
みんなも吉原に行ってあげた方がいい、

こんな理由で、ばんばん吉原に通ってお金を使ってあげたそうです。
私はこれを聞いたとき、感動してしまいました。
そこまで、するか!と。

このぐらい、自分の欲望を正当化する、
その張本人も気づかないぐらい、正当化してあげるというのは
これは、もう、誰が何とい言おうとその人にとっては誠の真実です。

こういう人の爪のあかだったら、開運グッズとして売ってもいいな、と思ってしまいます。

この男性、結局その吉原の女性の一人と結婚をして、今は、銀座に通っているらしいのですが、詐欺師集団を集めて、どうしようもない官僚どもをだましまくって日本を変えよう、
などと真剣に考えて、詐欺師集団をとりまとめようとしたこともあるのだそうです。

ただ、詐欺師を一つ統率するのは、無理だということで、
この計画は挫折したそうです。(笑)

奥さんはあきれかえっているらしいのですが、
こんな人の一生懸命さを見習いたいと思います。










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モヤモヤの解消法

人というのは、自分の心の中とか、頭の中にある

モヤモヤしたものを言語化して、それを正当化するために

本を読んだり、セミナーに出たり、説法を聞いたりしているのです。

時代の先々を読んで、今を準備する人
過去から今にかけて間違いを起こさなければ、先々も不安はないと思う人
成功願望の強い人
平安願望の強い人
守りより攻撃に強い人
攻撃より守りに強い人
調和がすべてで分かち合いに強い人

いろいろですが、その身体というか魂とでもいうかが望んでいる本を読み
望んでいるセミナーに出て、望んでいる人に出会うのです。

そしてこれは、ただ単に、自分の身体が欲しているものであって
それほど、絶対的な気持ちで大騒ぎするほどのものではないと、私は思っています。

本を読んでいて、「うん、そうだ!」と思う部分というのは、
人によって違います。

この違いがあるからこそ、全体のバランスが保たれているのであって
みんなが同じことを思ったら、集団というのは成り立たないでしょう。

問題なのは、自分は違うと思っているのに、
発言力や影響力のある人の意見に左右されて、
その自分のモヤモヤを言語化したり正当化するのを怠って、
自分を大切にしてあげないことです。

これだけは、よした方がいいと思うのです。

発言力や影響力のある人の話は、
自分のモヤモヤを一生懸命、正当化した結果なのです。

正解でも、答えでも何でもありませんが、
一生懸命、自分を自分で大切にしている姿なのです。

影響を受けるとしたら、そういう一生懸命な部分の影響を受けた方がいいです。

表面は、気にする必要はありません。
















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2008年9月22日 (月)

何があっても動じない自分の芯を太くするためには、
よっぽどの自己鍛錬や努力が必要となってきます。

だけど、オリンピックのメダリストじゃないですが、
自分自身を普段の生活の中で、このように追い込むのは、
そうそう簡単なことではありません。

ここにいつも偉そうな事を書いている私自身も、
自分を律するために書いているようなもので、
なかなか、時間を制したり、食を制したりすることは、とっても難しいです。

ですから、逆境とか、困難とか、試練のようなものは、
かえって、ありがたいなと思うことがあるのです。

越えた後、確実に芯のようなものが太くなっていると実感できます。
自分を信頼する力、つまり自信がついているのです。

自分の芯を太くしたい、何があっても揺るがない強い志を持ちたい、
そう思う方は、
自ら、逆境とか困難とか試練という環境の中に飛び込んでみるといいです。












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2008年9月20日 (土)

打ち込む

占いが気になるひとは、とことん占いにはまってみるといいのです。

それには、占いを勉強するのが一番の近道だと、私は思っています。

徹底的に、はまってみるのです。

占い師になるのもいいでしょう。

西洋、東洋、インド、カード、サイコロ、方位、カラー、姓名、手相、人相、家相、風水、
占いと名の付くものすべて勉強してみるのです。

そうすると、
結局自分を磨くことでしか、運命は運ぶことができないのだということが、
身にしみて分かってきます。

宿命の前に無力にたたずむ自分を何とかしたいと思うのなら、
まずは、徹底して何かに打ち込んでみることです。

何でもいいからはまってみると、
結局は、自分のクセや性分といった性格が、すべての元にあることに気がつきます。

充実した人生を送るためには、ここを磨いていくことだけだということにたどり着くとおもいます。











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エビという生き物は、生きている限り何度も何度も自分の殻を脱ぎ捨て
新しい殻を身につける作業をしているのだそうです。

ですから、永遠の若さの象徴として、おめでたい時に食べたりするらしいのですが、
人間も、いつまでも、いくつになってもエビのように、固くなった殻を脱ぎ捨てる
勇気と精気を持って生きていきたいと思います。

年をとるということは、変化を恐れて、おっくうがって、
殻を打ち破ることをしなくなることを言うのでしょうが、
年齢が若い人でも、固まってしまった人は老人と同じでしょう。

それでも必要であれば、アクシデントやトラブルや事故といった形で
大きな変化が人生にもたらされたりするのですが
そこで気がつき新しい変化を受け入れる人と、
ますます自分の殻を強固にして、変化を拒絶する人とに分かれます。

単純に見比べてみると、片方は人と親しむことができ、片方は孤独という形で
はっきり生活にその状態が現れてきます。

孤独感にさいなまれている人は、固まってしまっている可能性があります。

どうすれば、殻を脱出することができるのか?
大切なものを捨てることです。


















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2008年9月19日 (金)

新しい集金の形

もう何年もスピリチュアルがブームになっていますが、
一種の宗教団体のようなお金の取り方をしているところもあるのですね。
前世などの幻想話を交えて、今生では、お金を使って浄化するような話、
他、本人が気持ちよくお金を使えるような内容の話、
これらは、ひっくるめて霊感商法といいます。
気持ちよくお金を使わせて、1円のものを100万円で売って
買った方が満足していると、霊感商法大成功です。

スピリチュアルなスタイルは、新しい形なのだろうと思いますが、

どんな分野でも共通していることは、
大金を取るところは、1円の価値もないということです。

若い人、寂しい人、暇な人が引っかかっています。

一回のレッスンというか、セミナーというか、セッションというか、伝授というか、
そんなモノが何十万もかかるようだったら、おかしいと思った方がいいです。

本物は、大金を取らないので、
その本物の枝葉も大金を取りません。
お金の動きがないから人も集まらなくて、
地味なんで、あまり目立ちません。

本物は、あまり目立ちません。

他の団体はおかしいけど、自分のところだけは
何十万も払う価値がある、というのも、
いっさいありません。

表面は多種多様な姿をしていても、
その骨組みというか、本質に流れるモノは、同じです。

違いを探すのではなくて、共通点を探してみてください。


もう一度、

本物は、何十万もの大金を請求しません。
気をつけて欲しいのです。










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2008年9月15日 (月)

意志

「こうなりたい」という意志を持つと、人生は変わってきます。

そういった意志のもとで、開運グッズなどを身につける、購入するのはいいとおもいます。

私は気の合う開運グッズに出会ったことがないので、興味がありませんが、
モノとの出会いや縁というのも、確かにあります。
これを身につけて「こうなりたい」という意志が働くのであれば、
その開運グッズは、おそらくその人を応援してくれるでしょう。



どんなに偉そうなことを言っても、
生きていくには、何かの協力が必ずいります。
自力といったって、他力がなければ成り立ちません。

「こうなりたい」という自分になるために、
自分に足りないものを知り、それを補う作業が必ず必要になってきます。

そのときに、「こうなりたい」という意志が働くことで、
それは、誰かに寄りかかろうとする他力願望ではなくなってきます。

「こうなりたい」という意志の強さが、
モノにしろ、人にしろ、チャンスにしろ、良い出会いをうみ出すのです。


「こうしてください」
「こうして欲しい」

ではなくて、

「こうなりたい!」
「こうなるんだ!」です。








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開運の門

開運という曖昧な言葉に対して、みなさんは、どんなイメージを思い浮かべるのでしょうか?

私は、運勢が自分の力ではない何者かに引き込まれるような
自分の意思とは違うところで、何かが回り出すような、そんなイメージを持っています。
例えば、最近超売れっ子の、「エドハルミ」さん(私は彼女の大ファンです)なんかが、
まさしく大開運の状態だと思います。

「エドハルミ」さんの例は、ちょっと大げさすぎたかも知れませんが
今までの自分では考えられなかったようなことができてしまうことを、言うのだと思います。

私が占いを教える時は、こういった状態を目指したいと思って、生徒さんに接しているのですが、
そんな大したことしなくていいんです。

具体的に日常生活に何かをプラスして、小さな積み重ねを続けてみるのです。
一日一回は、夫のいいところを褒めるとか、
日記をつけてみるとか、
毎日ふき掃除をするとか、
朝陽を10分間あびるとか、
子供の話をじっくり聞いてあげるとか、
簡単だけど楽しい気分になることを、繰り返してみるのです。

少し前までは、私は何か奉仕をするということを進めていたのですが、
奉仕というのは、意外にマイナスの反動があったりして、あまり精神衛生上良くないのです。
(奉仕という意味が、自分を犠牲にするといったような間違った解釈をされているせいなのですが。)

それよりも、自分がいつもニコニコしていられるような、
小さな喜びを積み重ねるのです。

そんなことをしているうちに、だんだん、自分よりも周りの人を中心に
自分にできることを考えるようになってきます。

そうすると、頭がぐずぐずと自分の都合ばかりを考える暇が無くなって、
少し緊張感を伴ってきます。
この頭の使い方こそが、開運の門を開く一番の方法なのです。

誰にだって、今からすぐにできることなのです。















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2008年9月13日 (土)

虚言

年齢を重ねるごとに、失ってしまうことや
経験によって、得る知識や知恵などがありますが、

今日は、あ~、私も若かったらこの話し、信じていただろうな、

という、場面に出くわしました。

明らかに虚言だと分かる話を完全に信じているその若者に、
一回だけ忠告をしようと思いますが、
それ以上は、本人が求めない限り言ってもムダです。


虚言は、とにかく話が長くて、その長ったらしい話の内容は、
どれだけ自分がすごいかということに終始します。

どこどこの誰々を知っているとか、あの有名人は自分が指導したとか、
大企業の会長が自分の親代わりだったとか、
昔は銀座で手広く事業をしていたとか、有名ホテルの家具は自分がすべて手配したとか、
まあ、次から次から、出てくる出てくる。

こういう人は、前回の瞳の話ではないですが、頭をつかって話すので、
目をらんらんと輝かせて話す人が大半です。
経験がないと、ここにつられます。



本物は、話は短く要点をズバリ言います。

金銭問題に発展しなければいいな、と案じてしまいます。










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アザレという、化粧品会社とのご縁から、
妙に顔というものに興味がわいてしまい、
最近、顔相の本を少しずつ読み始めているのですが、

驚いたのは、人の黒目の大きさというのは12ミリで
みんな同じ大きさなのだそうです。

しかし、三白眼(目玉が小さくて上にくっついているような眼)
の人と、黒目の大きいかわいいタレントさんなんかの瞳の大きさが、
同じだなんて、にわかに信じられないものがありますが、

眼の大きさは、みんなまちまちですよね。

眼の中の、黒目は精神、白目の部分は肉体を表すといいます。

精神面が充実していると、瞳は黒々と大きく輝いて見えます。

鏡で自分の顔を観察して、
黒目を大きく輝かせるにはどうすればいいのかためしてみると
楽しいことを考えたり、うきうきした気分になると、
目玉の黒が輝くというか、広がるというか、大きくなるように見えます。

こういった状態を、なるべく一日保つように練習することも、
運気をあげる一つの手段だと思います。

瞳の輝きは、頭の冴えと関係しています。

相乗効果で、脳みその活動も活発になり、可能性の広がりが見えてくるはずです。











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2008年9月11日 (木)

人相

総裁選候補者の出ている番組を見ていて、
多分多くの人が感じることの一つに、

「口が曲がってるな~」、があると思います。

口は、その人の意思を見るといいます。

何かを話すときに口が曲がってしまう人というのは、
精神面に相当、無理がかかっている人が多いのです。

また、悔しい思い、情けない思い、残念な思いなどが心にいつまでも残っていると、
どんどん、顔が曲がってきてしまいます。

職業柄、かなりの苦汁をなめることがあったのでしょうが、
口の曲がった人がトップに立つと、
間違った方向へ行きかねないという、人相学の理論があります。

今後、どのようにあの口が変化していくのか、
観察していきたいと思います。

ただ、もう一つの意味として、
話をする時に左右どちらかの口がぐにゅっと下がる人は
反逆児、という意味もあるのです。







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2008年9月 9日 (火)

経験

「あなたは、何故、鑑定をやめてしまったの?」
「鑑定は、やらないのですか?」

と、よく聞かれるのですが、

鑑定は、その人と数分から数回の付き合いしかできないから、つまらない、
その人の変化や成長を確認できないから、楽しくない、
楽しくない仕事はエネルギーを吸い取られるので、やりたくない、

と、いつも答えていたのですが、

もう一つ、

私が、鑑定をしてもらって、幸せになったという記憶がない、
というのもあるのです。

鑑定してもらっている時は、そのときの悩みを解決してもらえるようで
一生懸命話を聞くのですが、終わったあと、何故あんなこと言われたのだろう?
と、いつも消化不良のような感覚を持っていたのです。

それに、なたは一回は離婚するだとか、後家相だとか、
いくつになったら、こうなる、ああなる、と、はるか先の未来を言われても
はあ、そうですか、
としか言いようがなくて、そんなこと言われてもな~、と思っていたのです。

私の場合は、占いを勉強する事によって、消化不良を解消することができて、
悩みや迷いというのは、
なんとも自分勝手な欲望から発しているものだと言う事に気がついて、
開運グッズや、開運方位とりなどに惹かれる事を恥じるようになっていったのです。



自分が経験した事でしか、人の心に入っていくことはできません。

鑑定をしてもらって、とても助かった、あの時がなかったら今の自分はない、
この水晶のおかげで幸せになった、このブレスレットに出会えて本当によかった、
こんな風なヨロコビ経験がある人は、説得力のある鑑定士になるでしょうし、
楽しく開運グッズ屋さんができるでしょう。

私は、そういった経験がないということです。











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2008年9月 7日 (日)

洗顔

友人に進められて、先日「アザレ」という、界面活性剤や、
その他の有害物質が一切入っていないという化粧品を買って、
少しは素肌に気を使ってみるかと、お肌のケアを教わってきたのですが、
それが、ひじょ~~~に面倒くさい。

ぬるま湯で顔を洗ったら、固形石鹸をアワアワに泡立てて、
顔を丁寧に洗い、

次に、粉状になっている石鹸をまたしてもアワアワにアワだてて、
顔にアワを当てると、お笑い番組で時々やるパイが顔面に当てられたような
肉厚のアワ状態になり、これも丁寧に、アワを押しつぶさないように、そっと洗い、

今度は、水をすくって顔にピチャッと当てたら、
そのままピタピタ顔を15回たたくのを10回繰り返し、150回たたき

そのあと、なにやら高い化粧水を、また顔に当てたらピタピタたたき、
これを3回か4回ぐらい繰り返し、

3種類ぐらいのクリームやら液体やらを手のひらで調合し、
オリジナル乳液を作ったら顔に丁寧にぬって終わるのですが、
なんとも面倒くさい。

時間にしたら15分ぐらい、顔をいじっているのが長くなるぐらいなので
たいしたことないだろうと思って、実際やってみたら、
ピタピタ叩きすぎて、腕がだるくなり、
こんなことするよりも、
もっと自然の治癒力のようなものを引き出したほうがいいのではないか、
食生活を整えて、睡眠時間をしっかりとったほうがよっぽどいいのではないか、
こんな時間があるなら、自力整体をやったほうが有意義な時間の使い方じゃないか・・、

こんな変化に対抗する考えがどんどん出てきてしまい、
これは、慣れるのが大変だと思いました。

高いお金出して買ってしまったので、
ひとまず、全て使い切るまではやってみようと思いますが、

ちょっとばかり面倒な変化を日常生活に取り入れると、
すぐ、体中が反発して色々ないい訳を言って、やめさせようとしてきます。

私が、何とかしたいのは、この柔軟性のない頭なのだ。





















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2008年9月 5日 (金)

日常生活がカギ

「誰々さんは、これからの運気がいいから、一緒にいるといいわよ」

占いで将来を見て、このように言われることがありますが、
占いととことん付き合っていくと、将来どうなるから、どうした、
といった考えから解放されるようになります。

人生には確かに、様々なバイオリズムが無数に作用してるようですが、
それをどう捉え、どう運んでいくかは、その人の性格が大いに影響しているのです。

そして、性格というのは日常生活に現れます。

私なんぞは、穏やかな性格をしている反面、怠惰になり安いという欠点を持っています。
そのくせ、信用を失いたくないという強い願望があり、情にも流されやすいので、無理な約束も引き受けてしまい、プライベートはいつも余裕が無く、旦那さんがそのとばっちりを受けている、といった日常生活を送っています。ただ、私の抱えている仕事の量は、脳みその使い方を変えれば、もっと短時間でできることのなので、その脳みその使い方、つまり切り替えが当面の目標となっているのです。

自分の中の嫌いな自分、好きな自分というのを、誰もが持っていると思います。

身近な日常生活を少しでも好きな自分で過ごすように改善していくことができると、未来を案じる気持ちがなくなってきます。
この性格分析に占いを使うといいのです。

未来に不安感を持つ人は、日常生活が充実していない人だとも言えるのです。










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2008年9月 1日 (月)

生活習慣

昨日、アザレという化粧品会社の人と話をして、
肌の状態と、心の状態は同じだなと思いました。

健康な美しい肌の人というのは、肌の新陳代謝がしっかり行われていて
常に新しい細胞が古い細胞を押し出して、入れ替わっており、
いらなくなった油分や水分とともに余分なものを外に出しているのだそうです。
新しい細胞というのは、柔らかくて丸まるとしていて、
ぷるんぷるんの弾力性があるのだそうです。

そして代謝が衰えた肌というのは、色が黒ずみ、弾力性がなくなって、
細胞はカサカサのカチカチになって、ベタッとつぶれているのだそうです。

これらは長年の生活習慣が原因です。
生活習慣を変えない限り、こういったトラブルから解放されることはありません。
「1週間でシミが取れる」「くすみが治る」などという、即効性のある化粧品を使うと、
根本から改善するのではなく、症状を抑えるだけなので、
ますます肌のトラブルは定着してしまって、深く根を張ってしまいます。
そして、自分で老廃物を外に出そうという自然の作用が衰えてしまいます。
病気の時に飲む薬も同じ事ですね。



即効性のあるものは、必ず副作用があります。
これは、どんな分野でも当てはまります。

トラブルや悩みを抱えている場合、
日常生活を見直さない限り、根本は何も変わらないのです。
変わらないどころか、悪化しているかもしれません。

習慣を変えるというのは、大変ですが、
誰もができることでもありますから、
私も、ここに書きながら、自分にムチ打ってい頑張っている一人です。













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2008年8月31日 (日)

個人差

人の性格や生き様や能力には個人差があって、
その表面だけを見て、同じ土俵に並べても、本質は見えてこないでしょう。

どんな性格の、どんな生き方をしてきた人が
今、どれだけ精一杯生きているか、
エンジンの回転数のようなものを、大切に見て行きたいと思うのです。



















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優秀な占い師

自力整体の矢上さんが、前にこのような内容の話をしていました。

「優秀な整体師や治療師というのは、かえって患者をダメにしてしまう。
患者の体の悪い部分を一発で見抜き、それを一回の治療で治してあげられる治療師というのは、確かに素晴らしい。
しかし、その素晴らしい技術や能力や志が、かえって患者が自力で治そうという力を奪うことになってしまう。」


優秀な占い師も同じですね。

行動し、失敗し、埋もれていた問題点が浮き彫りになり、
反省し、勉強し、考え、知恵を絞るという、
人が成長していく過程で欠かせない一連の流れが止められてしまいます。

自分の問題点がどこにあるのか、躓いてみないことには、決して分かりません。

成長したかったら、「時期が悪かった」ではなくて
何故そうなったのか、本質を考え抜く努力が大切だと思います。
自分じゃなければ、本当のことは分かりません。

甘えに気づくためにも、自分で何でもやってみることです。





















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2008年8月29日 (金)

かさの持ち方

昨日の夜の雨と雷はすごかったですね。
夜中に一回目が覚めてしまって、眠れなくなってしまったので
PCに向かって仕事でもしようかと思ったけど、
いざパソコンを立ち上げてみると、まったく頭が集中できなくて
結局1時間ぐらい無駄に起きて、また寝ました。

こういう、ズルズルする時間を
日常生活の中で極力減らしていきたいという目標が私にはあるのですが、
なかなか生活習慣を変えるのは、大変です。

体質的には、壬や庚の人は、こういう時間の使い方はあまりしないでしょうね。





ところで、いつも、雨が降ると思うことなのですが、

駅や建物の階段などで、傘を持って歩く時
傘を地面と水平に持って、前後に振りながら歩く人がいるんです。

あれ、危ないなっていつも思うのです、特に階段なんか登っているとき、
目に刺さったらどうするんだろ~とか思ってしまうのですが、

数ヶ月前に三谷幸喜が映画の宣伝でよく画面に出ていて、
面白くて、三谷幸喜の出る番組は、けっこう見ていたのですが
そのときのトークの中で、同じ事を案じていて
でも、直接「あぶないですよ、やめてください!」というのは、はばかられるので
自らの身を持って、その傘の切っ先に身体を当てて、
「うっ、いて!」といって、その人の行為がいかに危険かということを
気づいてもらえるようにしたほうがいい、というような事を言っていました。

私は、あういう自分の無意識の行為が、他人にどのような影響を与えているかを
考える思考回路がない人というのは、どんな命式をしているのだろう?と、
片っ端から生年月日を聞きだしてしまいたくなるのですが、
そんな、勇気もないので、想像するにとどめています。

その人そのものの特徴というのは、日柱に現れるのですが、
どんな思考回路でそのような行動をするかは、月柱上下の通変星がいいです。

消去法で行くと、財星や官星は、周りの人の事を気にするので、
あまり、かさフリ人間にはならないような気がします。
どなたか、統計とれたら教えて欲しいです。













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2008年8月27日 (水)

右肩上がりの魂

昨日は、文京区のシビックホールで行われた、
「かいたく投信」http://www.kaitakuam.co.jp/という会社のセミナーに行って来ました。
この会社は、去年設立されたばかりの新しい投資信託会社で、
今現在、長期投資の最先端をいく
「さわかみファンド」http://www.sawakami.co.jp/が応援する信託会社でもあります。

この「さわかみ」さんのところが主催する小さなセミナーは全て無料です。

お金の運用、特に長期投資に興味のある方は、是非、セミナーに参加してみてください。
おすすめします!

私がこの投資会社のセミナーに出るときは、
経済の話を聞きながら、そこに潜む精神と、占いの世界に潜む精神の共通点をみつけ、
それを結びつける事ばかりを考えています。

表面は、どんな分野であろうと、
そこに潜む精神というのは、全てに共通しています。
つまり、本質を見極め、自分のやり方で進んでいくということです。

昨日の話の中で、いくつか、
自分のスクールでお話ししようと思っていることがあるのですが、
その中の一つに、

実体のある経済と、株式のマーケットというのは
同じ動きをしていないという話があるのです。
(私は、経済の事はさっぱり分からないので、
とんちんかんな事を言っていたら、すみません。)

大切なのは、実体経済なのだそうです。
マーケットの上がった下がったばかりを見て、
実体を見ていない投資家多いというのを嘆き、
ここのセミナーでは、目を覚ましてくれと言っています。

そして、マーケットは、楽観と悲観の繰り返しで、感情で動きます。
そのバーチャルな操作に踊らされないで欲しいと、
日本人みんなが、実体を、本質をしっかりと見極めて、
企業を応援して欲しいと訴えているのです。

実体経済が、人間の本質、魂だとすると、
株式市場は揺れ動く心、精神、心理のようなものです。

魂はただひたすら右肩上がりの進化を望んでいるのに
雑音に惑わされる心は、些細な事で不安になり、怖がり、前進するのを恐れ、
時には有頂天になり、他人に左右されて、我を見失っていく。

日経新聞に、環境株が注目だと書かれれば、あわてて買いに走り
このブレスレットで開運するからと太鼓判を押されれば、ついつい購入し
結局、ガソリン高騰で大損失を出し、
ブレスレットをつけているけど、一向に開運しているような気がしない、

私、何のために生まれてきたの、何をすればいいの?
どの銘柄買えば損しないの、どの道行けば損しないの?
誰か、私の魂の声を聞きだして!あなたプロなんだから儲かる手法を教えて!

まったく思考回路は同じじゃないでしょうか?


株式市場のチャート図というのは、
占いで出すバイオリズムの曲線とよく似ているのです。

下がったら、上がるんです。
そして、下がった時にどうするかで、上昇角度が違ってくるのです。

どんな人の魂も、その曲線は進化を望む右肩上がりなのですから。
その実体から、はぐれないようにしたいものです。










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2008年8月25日 (月)

すごくなくていい

私は、占いの勉強を始めてからしばらくの間、
ずっと、自分の中に、特別なきらりと光る何かはないか?とすごい星探しをしていました。

そのころは、どんな占いを見ても、私の命式というのは、
おっ、おしいね~、ここにあの星があったらすごいのに・・・、
という、なり損ない命式で、
そこそこ人生なんだから、まあ、無理しない程度に頑張りなさいな、
といった感じでした。

つまらなかったんですね。
もっと、すごい自分を占いの中に発見したかったのです。
「あなたは、100万人に一人の、特別な使命を授かって生まれています」というように
選ばれし人物に憧れていたのです。

しかし、40の坂を越えたあたりから
段々、そういったすごい星に関心がなくなっていったのです。

つまり、すごい人とか、選ばれし人などに対しての憧れがなくなってしまったのです。

逆に、一見、まったくすごくない普通の生活をしている人で
毎日明るく、楽しく、自分のするべきことをこなして、
人に対して思いやりがあり、温かみがあり、前向きで
一緒にいるだけで、こちらの心の心もぽかぽかしてくるような、
そんな普通の人が、すごい!と思うようになってきたのです。

例えば隣のおじさんだったり、家の旦那さんだったり、お向かいの奥さんだったり、
コンビニの従業員だったり、モスバーガーのおばちゃんだったり、

生きていいることそのものが幸福であるかのような、
そんな人たちに魅せられるようになってしまったのです。

その頃から、自然と「これやろう」とか「こうしたい」という自分の道が浮かぶようになり、
何の疑いもなく前に進むことができるようになってきた気がします。

これは、あくまでも私の感覚で、
普通がとうとか、すごい人がどうとか、という評論はしていません。

たまたま今日、茂木健一郎さんの本を読んでいて、

「一人の賢者より、多数の普通の人のほうが賢いし、鋭い一人の智恵より平均的な多数の智恵のほうが上だ」という、グーグル会長の言葉や、

「一人の百歩より、百人の一歩」という、自動車のトップメーカー、トヨタの社風があることを知って、思い出してしまいました。









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2008年8月24日 (日)

小学生の思考回路

ある小学校の先生が、生徒の性格を把握するために
占いによる性格学を勉強したら、
これが、あまりにも当てはまるので、びっくりしてしまい
これは、是非、生徒にも教えたほうがいい!
そうすれば、もっと生徒たちもクラスメートの気持ちが分かるようになる!
みんなで何かを成し遂げるというグループ作業が、スムーズに行くのではないか、

こう思って、小学校4年生の生徒たちに、
占いで出る星の性格を教えたのだそうです。

そうしたら、みんな初めは面白がっていたのだけど、
だんだん、日を追うごとに、

「どうせ、僕は○○星だから、忘れ物してもいいんだ!」とか、

「あの人、○○星だから、私たちと合わないんです」とか、

「○○星の人は、ずるいからいつも掃除をサボる、」など、

星の性格をそのまま人に当てはめて、決め付けて、分類するようになってしまい
予想に反して、お互いを理解しあうどころか
どんどんグループが分裂していってしまったのだそうです。

また、できないことのいい訳、やりたくないことの理由付けに
星を利用するようになってしまい、
「どうせ○○星だからさ~」などと、まったく努力や我慢ということを
拒否するようになってきてしまったのだそうです。

似たような事を、私たち大人もしていないだろうか?
道具の使い方を間違えてはいないだろうか?

反省してみるといいと思うのです。

人を分類するために、占いは発展してきたのではないと思います。
ましてや、苦難を避ける理由付けにされたら、たまったもんじゃありません。

少しでも相手を理解しよう、お互いの個性を伸ばそう、
それぞれのキャラクターを知って、みんなでより大きな仕事を成し遂げよう、
こんな思いやりや、前向きな使い方を多くの人がしていけば、
占いは、一つのエネルギーとなって大きな力を与えてくれるでしょう。

その後、このクラスの生徒たちがどうなったかは分かりませんが、
小学生の頭脳では、まだ、「これはいいの?悪いの?」といった思考がほとんどです。

「私の○○星は、よくないのでしょうか?」
「この星って、わるいんでしょ?」

こんな思考回路の人は、自分を変えていく努力をするといいです。

吉凶でもなく、いい悪いでもなく、
立体的に特徴として捉えるように、新しい脳の回路をつくっていくのです。

人も未来も、怖くなくなりますよ。








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2008年8月19日 (火)

洗脳

ロックフェラーだか、ロスチャイルドだか、
どこぞの闇の勢力だか知らないですが、
(はたまた、マイトレーヤーか・・・、闇の勢力と光の勢力は同じです)

彼らは、自然の現象には絶対に逆らわない形で洗脳を行うのだそうです。

国民の多くが、お砂糖たっぷりの甘いお菓子が食べたいという思いを持てば
それを提供するし、
仕事以外の余暇の時間は、テレビでアメフトがみたいという波動をみんなが出せば
その通りの番組を提供し、受け身の脳みそ作りに協力するのだそうです。

そして、気がついたらぶくぶく太り、
サプリメントを大量に飲み、エクササイズに明け暮れて
最大の関心事が太ったやせた、メタボだ、大変だ、

という、個人のことで精一杯で、
全体の大きなうねりに気がつかない思考回路を作り上げるのだそうです。

住宅ローンなども、一生を金利に縛り付けられてしまうのに、
マイホームという夢を実現させたいという思いから、
父親は抜け殻のような顔をして通勤電車にゆられ、
母親は、ローン返済のためにパートに出て、
子供は、両親不在の中でゲームに明け暮れる、

簡単に手に入りそうな絵に描いたような幸福は、すべてその範疇かも知れません。

こうして、目に見えない形で洗脳が行われているそうです。



占いの世界も同じじゃないでしょうか。

何をどうしたら失敗しなくてすむの?損しなくてすむの?
誰か、私の人生、決めてちょうだい!楽して、しあわせになりたいの!

こんな波動を多くの人が出したら、そういう占い師が自然と増えます。
そして、そういう商品も沢山、高額で販売されます。

その石を持っていれば、恋いが実るとか
ブレスレットだとか、掛け軸だとか、絵画だとか・・・
求める波動があるから、そういった霊感商法が後を絶たない、
永遠のマンネリといわれている、占いコンテンツも進化しない、
自分で考えて、自分で決めよう、という内容は、一向に人気が出ない、
お金を出せば、簡単にいい気持ちになるものしか売れない、

自分で何も決められない、何を望んでいるのか分からない、
誰々さんが、そうしろって言ったから、そうする・・・、
そんな思考回路になって、魂が奪われてしまいます。

他人に自分の人生をゆだねるような波動は、
今日限り、やめてくれる人が一人でも増えますように。









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貴重な時間

あるコンサルタント会社の社長さんから聞いた話です。

『5月ごろに子供の塾の送り迎えに久しぶりに行ったら
子供の友達のお母さんから相談を受けて、
生き甲斐が分からないだとか、旦那の稼ぎじゃ将来不安だとか
いろいろぐずぐず言ってるから面倒くさくなって、
「いったい、あなたの一番やりたいことは何ですか?」
と聞いたら、そのお母さん、ムッとしてしまって、それっきりだったんです。

で、それから3ヶ月ぶりぐらいに、また塾の送り迎えをしたら
そのお母さんと会って、
そのお母さんが言うには、
「私あれからずっと考えていたんです、そして、結論が出たんです。
私、主婦をやるために今、生きているんだということに気がついたんです!」
こう言って、感謝されてしまったんです』

と言うのです。

私は、こういう話が大好きで、
このお母さんは、改めて、今、子供と一緒にいられる時間が
とてつもなく自分にとって、貴重な時間だということに気がついたのだそうです。

素晴らしいな、と思うのです。


























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2008年8月18日 (月)

泣きたい人、どうぞ!

帯広の歯医者さんの、感動物語です。

http://www.forestpub.co.jp/inoue/

明日死んでもいいように毎日を生きることができたら、
本当にすがすがしいだろうな、と思います。

が、、、今はもっと人間くさくいたいので、
そういう美しい生き方は、あと100万回ぐらい生まれ変わったらにしよう。














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2008年8月16日 (土)

正しい見方

人は、モノを見るときでも、本を読むときでも、
ものを考える時でも、誰かと話をするときでも、
どんなに相手の立場に立つことができたとしても

自分を通してでしか、見たり聞いたり感じたりすることはできないのだと思います。

同じ映画を見ても、まったく違うところで感動していたり、
同じ経験をしても、記憶に残る部分が違ったり、
同じ本を読んでも、感想文がまったく違ってくるように

だれもが、正しい見方をしているし、
だれもが、正しくない見方をしているのだと思います。

これぞ真に求めていた、絶対真理だ、
こう感じた場合、それを作った人とかなり近い回路をその人は持っているということで、
同じように似た人達が、その絶対真理とやらに群がってくるのでしょう。

これが一番正しい、

そう思った場合、それが一番自分の回路と似ているということではないかと思うのです。

ですから、誰も間違っていないはずですので、
堂々と、隣の人と違う道を行ったらいいんです。







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2008年8月 8日 (金)

勝手なやつら

私は、神話とか神々の話などが書かれた本は、あまり読んだことがないのですが

神話に登場する人物というか、神々というのは、
ずいぶん自分勝手で、傲慢で、嫉妬深くて、
平気で親や子供を殺したり、あちこちに女を作ったり、男を作ったり、
暴れまくったり、はちゃめちゃで、
なんなんだ、そいつらは、、、と思ったことがあります。

人のものを盗むな、
多くを求めるな、
足るを知れ、
人を傷つけるな、
ウソをつくな、

などなど、禁欲と調和を促す道徳観念とは、
まったく逆の生き方をしているじゃないかと。

そうすると、神に近づく為に、人間を解脱するために
どこかの山脈にこもったり、
非人間的なひどい修行に耐えて、自分を極限状態まで追い込んで、
何とか様とかの名誉をもらう方法の他に、

やりたい放題、好き放題、自分の欲望を満たすためには、
どんな姑息な手段を使ってもかまわない的な生き方でも、
何かから抜け出せるのではないか、
神様はおもしろがるのではないだろうか、

そんな風に思うことがあります。

スパッと自分を律することができないのなら
「そんなことしたら、バチが当たる」など考えずに、
「かまわないからやっちまえ!」でもいいと思います。

※ものすごくやりたかったらの話で、無理にやる必要はないです。
人を傷つける行為なんかは、しないに越したことはないですから。












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2008年8月 7日 (木)

自分を責めないで

昨日、ある友人のお嬢さんに会ったのですが、
前回会ったときよりも、どうも表情が暗い。

あれ、どうしたのかな?
もう少し、ちゃんと挨拶できる子なはずなんだけどな・・・。

と、気にかかって、
「今日は、何かあったの?機嫌わるいの?」

と聞いたら、「いいえ」と言って、黙り込んでしまいました。

自分の感情は、表に出さない子です。

しかし、電波のように苛立と警戒心を発信しながら
親と、親の友達を背中で観察しており、

いつも何かを我慢しているような、そして、それを分かって欲しいけど
『どうせ分かってもらえないから、お母さんも、お母さんの友達にも。』
と、その無言の電波のようなものは、訴えています。

その子は、もう20代後半です。
その割には、身体から発している電波のような表情は
まだ思うように言葉を操れない幼い子供のジレンマとよく似ているのです。

お母さんに聞くと、やはり何を考えているのかよく分からない子供で
子育てには、ずいぶん気を使ったと言っています。



子供の頃、思うように親の愛情をうけられなかった子供は、
身体は大人になっても、なかなか精神的に親離れできないで
我が侭な、自己中心的な考えから成長できずにいます。


そして、その原因は
多くの人が、親の愛情不足、育て方が悪いと片づけてしまいます。



しかし、多くの親御さんと接して感じることは、決して愛情が足りないのではなく
子供の求めているような接し方が分からないで、そのまま来ちゃっている人も多いと思うのです。

例えば、子供の頃、自分の親に「○○ちゃんはすごいんだよ」と、みんなの前で褒められることが何よりもうれしくて、褒められると愛情をたっぷりかけられていると感じて育った場合、その人が親になったら、やはり自分がしてもらってうれしかったことを子供にもしてあげて、愛情表現をしようとします。

ですから、同じように一生懸命みんなの前で、「○○ちゃん、すごいね~、」と褒めたたえるのに、子供の反応は、うれしくなさそうだとすると、その子供は、褒められることよりも、別な何かを求めている可能性があるのです。みんなの前で褒められるよりも、「あの子なら分かっているから」と、信頼されたいと思っているかもしれないのです。

「自分の子供なのに何を考えているのか、分からない・・」と苦しんで、
時には自分を責めてしまうお母さんも少なくないと思います。

生年月日で導き出される、占いというカテゴリーに振り分けられている統計は
そんな苦しみを解消してくれる手助となる場合があります。

自分と子供の価値観の違いを知るだけでも、
ずいぶん、気持ちが楽になって、よけいなストレスからは解消されると思います。

占いというのは、未来を見通す道具として重宝に使われていますが
もっと身近な人間関係にも役立てることができるということを、知って欲しいと思います。















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2008年8月 5日 (火)

劫財月

JRの「スイカ」を、落っことしてしまいました。

7500円ぐらいチャージ残っていたのに・・・。

私は、いつもは埼京線の南与野という駅で降りるのですが
京浜東北線の北浦和からも、ちょっと駅から遠くなるけど帰れるので
たまには、ルートを変えてみようと思い、

ここのところ、すこぶる運動不足なので
20分ぐらい、汗かきながら歩いてみるか!
と意気込んで、昨日の帰りは、京浜東北線に乗ったのです。

埼京線はいつも、どこまでも混んでいて、冷房がギンギンにきいていて寒いのですが、
京浜東北線は、荒川をこえ、川口、南浦和と通過していくと、
もうだいぶ電車に乗っている人もスカスカになってきて、
「お~、これぞ正しい田舎の電車のあるべき姿だ。」
なんて、弱冷房車の中で思っていたのです。

しかし、ここのところしょっちゅうなのですが
東京は夕焼け空できれいでも、浦和のほうに近づくと
だんだん、空が暗くなってきて、夕立に見舞われる、ということがよくあるのです。

で、昨日も、北浦和についたら、みんな傘もって歩いている、

「またかよ~・・・、それじゃ今日は根性出さないでバスで帰ろ。」

と、あの意気込みはあっけなく消え、埼玉大行きのバスを待っていました。

今は、バスも「スイカ」を使えるんですね。

だけどその日は、まだ残っているバスカードを使おうと
定期入れから、黄色いバスカードを出して、待機していました。

左手の肘に、いつも使っているバッグを引っ掛けて、その手に「スイカ」の入った定期入れを持ち
右手にバスカードを持って、バスの乗り込み口でバスカードを通して、
席に座ったのです。

席に座って「あれ??、左手に何も持っていない・・、落っことした??」

と、それまでボーっとしていた脳みそが熱く回転しはじめて、
カバンの中とか、ズボンのポケットとか、ガサガサ探して、
バスの乗り込み口から席までのわずか1mぐらいのところを振り返っても、
何も落ちていません。

「おかしい・・・、カバンに入ってないし・・・落としたとしたら乗る時だ。。。」
「でも、私のことだから、ぼけっとして無意識にカバンのどこかに入れたのかもしれない。」

そう思いながら、降りるときに、自分の座っていた椅子の周りも
確かめたのですが、落ちていませんでした。

しかし、家に帰ってからじっくりカバンの中を探してみれば
出てくるかもしれない、と淡い期待を抱いていたのですが、

ありませんでした。

確かにバスに乗る直前までは、
定期入れを左手に持っていた感触がしっかりと残っている・・・
ということは、乗る時に落としたとしか考えられません。

ショックでした。

この事象についてちょっと、占いのウンチクを述べてみると

戊の私にとって、今月は、劫財月です。
劫財のときは、散財や敗財といって、
お金が手元を離れていくときといわれているのですが、
もうすぐ、立秋がきて劫財の時期も終わりだというのに、
その直前にやってしまいました。

この時期は、「あっ、やっちまった!」
というのが、多いのです。
ちょっとした不注意なのですが、それがお金に響いてくる事が多いんですね。

そして水瓶座に星が集中している私にとって、
太陽が獅子座を運行している時は、水瓶座にいる惑星達に、
色々ちょっかいを出してくるので、やっぱりいつもと違う何かが起こりやすいといえるのです。
また、物を隠したりする土星や、何でもあやふやにしてしまう海王星なんかも、
チクチクと意地悪してくる時なので、

あづぐで(暑くて)、脳みそとけだすぜ~、へろ~、

なんてダラダラしてると、やられちゃうのかもしれないです。

あ~あ~、しかしショックだったな。



















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2008年7月31日 (木)

私結婚できるでしょうか?

「私、結婚できるのでしょうか?」

占いの仕事をしていると、、必ず聞かれる質問です。

「できるのなら、いつ頃でしょうか?」

次に、こうなります。

私の生徒さんには、もし、こういった質問を受けたら
結婚をできるかできないか、ではなく、
するとしたら、どのような結婚生活になりやすいのか
そして、それは何故なのか、を答えてあげてくださいと言っています。

こういった質問をしてくる人は、全てにおいて
できるか?できないか?
向いているか?向いていないか?
合うか?合わないか?
といった、「どっちか思考」をしています。

物事は、陰と陽の二面だけではありません。

この、あっちか?こっちか?だけの陰陽の思考回路を改善しないと、
いつまでたっても、こういった人達の悩みというのは消えないのです。

ですから、「どっちですか?」の質問には、まともに答えないで欲しいのです。

また、右に行こうが左に行こうが、
その人の性格に導かれるように、結果は同じところに到達します。

仕事を続けようが、結婚をして家庭におさまろうが
その人の性格が引き起こす日常に、変わりはないのです。

思い切って仕事を辞めてコトブキ退社したけど、やっぱりバリバリ仕事を続けている元同僚がうらやましい、あの時仕事を辞めていなかったら・・・、と思う人は、

バリバリ仕事を続けてきたけど、この先ずっと一人でいるのかと思うと不安になってきて、あの時結婚していれば今頃・・・、と思うのです。



道の選択に人生の分かれ道があるのではありません。

どうその道を歩くかに、分かれ道があるのです。








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2008年7月30日 (水)

開運占い師

昨日また、新しい占い師さんの面接で、
武蔵小山の占いハウス「いちい」さんにに行って来ました。

ここのところ、占いハウス立ち上げを手伝ったおかげで
少し占い師さんとの交流が生まれたのですが、
この「いちい」さんの、占い師さんは質がいいです。

自分が占いハウスに出ている日に、なんとかお客さんが来るように
頑張っているのではなく、

自分が出ていようといまいと、「いちい」にお客さんが来るように
あの手この手と、知恵を絞って宣伝してくれているのだそうです。

開運している人というのは、みんなこういった考え方をしています。
「あの人のために何が出来るだろうか」
「あのプロジェクト成功のために自分にできることは?」

自分が幸せになるためにではなく、
いつも思考のモトは、誰かや何かのため、からスタートしているのです。

こういう人と話をしていると、例えば血液がサラサラ流れるって
こんな感じなんだろうな、というように気持ちがいいのです。

本当は誰もが、相手のため、グループのため、みんなのために行動することが
自分の喜び、大ハッピーにつながる、ということを知っています。

ただ、たったこれだけの真実を、
武装する事を覚えた大人が無意識に実践するためには
ギュッと握りしめていた大切な何か、
地位でも名誉でもプライドでも栄光でも貯金通帳でも、
「どうだ、すごいだろ!オレ様はエライのだ!」という虚像を放っぽりなげて
煮るなり焼くなり、どうとでもしてくれっ!と、
武器を全部捨てて、肝っ玉だけになった経験がないと、
なかなか、難しいのかもしれません。

こんな、エネルギーの交流が行われている間は
「いちい」さんは、安心です。

お客さんも、居心地がいいんじゃないかな、と思います。


しかし、私は、食欲、出世欲、金銭欲、自己顕示欲、性欲など、
エゴイスティックなまでの臭みを発している人間にも、ゾクっとしてしまう。













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2008年7月26日 (土)

三奈良乗馬クラブ

P1020411 愛媛県東温市の三奈良(みなら)という町にある
乗馬クラブで、1週間ばかり練習をしてきました。

ここの乗馬クラブは、父のと息子の二人の親子で経営しておりますが、特に宣伝もしていないので、会員数はわずかだそうです。

ですから、私が乗りに行くと、いつもマンツーマンで馬場を占領して教えていただけるので、非常に助かるのです。

しかも、他の乗馬クラブに通っている人に言わせると、ここの乗馬クラブは、馬場の状態も、馬の調教も、指導者の質も、超一流だということなのです。

馬場の下には、水はけをよくするためのパイプが通っているらしく、これはここのクラブのお父さんが一人でブルドーザーで土を掘り返して、幾日もかけて馬のために水はけの管を通したのだそうです。

ですから、普通の乗馬クラブだと雨が降ったあとは、地面がぬかるんで泥だらけになり、馬も走るのを嫌がるのですが、ここはそんな心配はないのだそうです。

また、馬の蹄鉄も専門業者などに頼まず、自分で鉄を買ってきて、
馬の爪にしっかり合うようなものを、自分でこしらえるのだそうです。
鉄を焼いて、トンカチでこんこん叩いて、電機やすりのようなもので削って
微妙な角度を調整してあげると、馬に乗った時に、お尻がぼこぼこはずんだりせず、
乗り心地がよくなるのだそうです。馬が走りやすいんですね。
こんなことできるインストラクターは普通の乗馬クラブには、ほとんどいません。

そして、ここが私が一番感動したところなのですが、
ここの親子は、馬が我がまま言っても、決して馬を叱らないのです。
他の乗馬クラブだと、「なめられたらいけないので、言う事聞かなかったらどんどん叱ってください」と言われるのです。

しかしここのクラブは、

「馬が言う事聞かない時はやね、馬の目をじっと見つめてな、『どうした?もうやりたくないのか?もう少しオレのために頑張ってくれるか?走ってくれるか?』って、やさ~しく声をかけてあげるんじゃ、そんな大きな声出さんでいいんやぞ、小さな声でも馬にはちゃんと聞こえちょるけんな、優しく話しかけてあげればいいんじゃよ。」

と、お父さんが言うのです。

「じゃけんど、馬に負けたらいかん。自分の指示はしっかり出して、馬に意志を伝えなきゃいかんぞ。馬はそれだけで分かる生き物なんじゃよ。」

この話には、馬肉になる寸前の馬をこの乗馬クラブに連れてきて、死からすくったお父さんの話が続き、「どうや?もう少し生きてみるか?わしについてくるか?」と声をかけて、うなづいた馬を連れてきた話があるのですが、私はその話に、感動してしまいましてね。この話は、後日詳しく書きますが、つまり、叱らなくても、普通の乗馬クラブにいる馬以上に、反応のいい馬を調教することができるんです。悪い事した時は、それは人間と同じでしっかりと叱りますが、大切なのは、馬の気持ちを知ろう、相手を理解しようとする、人間関係の基本とまったく同じことが、できるかどうかなのです。

そして、指導者の洞察力が素晴らしい。
私は、今回かなり気合を入れてこのクラブに乗り込んだのですが、
やはり自分の上達していくイメージと、実際の実力の差が縮まらず、
最初の2~3日は、けっこう頭を悩ませていたのです。

すると、ここの社長でもある息子さん指導員の方が、

そんな私を見て、ほったらかしていてくれたのです。

私は、手や足の角度をあーしろ、こーしろ、だとか、何歩走ったらあーしろ、こーしろ、右足だの左手だの、重心がなんたらかんたらと、ごちゃごちゃ言われると、まったく頭の思考回路が止まってしまうのです。特に、数字で言われると、もうアウトです。さっぱりあんたの言っている事分からん!になってしまうのです。

ですが、ここの指導員の方は、

「自由に、自分のやりたいように乗ってください、馬とよく話をすることが大事です。それで聞きたい事があったら聞いてください。」といって、自由にさせてくれたので、私の意識が馬に向かう事ができて、馬が何故腹を立てるのか?どういう時に、どんな我ままを言うのか?そんなことが分かるようになってきたのです。

「みんなに自由に乗ってくれって言うわけじゃなかけんね。紅竜さんの場合はそれがいいと思うたけん、そうしたけんど、細かく支持ださなきゃいかん人もおるんよ。」

です。

この方のおかげで、私は馬と対話をすることができました。
すごい収穫、予想外の収穫でした。

また、料金が安くて、ビジターなら一鞍(約45分間)、4,000円という、この業界の相場では、なんとも良心的な料金で乗ることができます。しかも、45分間の騎乗時間などあってないようなもので、他に誰も予約がなくて、馬のご機嫌もいいようなら、1時間以上乗っててもかまわないというのです。

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私が行っていた一週間は、すべてピーカン照りの強烈な暑さで、一滴の雨も降らなかったので、昼間練習したら、人間も馬も熱射病にかかってしまう、ということで、午後、日が沈む7時ごろから練習していました。

この東温市というのは、四方を山に囲まれていて、東西南北、どこを見ても山が見えるのです。そして、この三奈良という町には、3本の川が流れていて、水がとっても豊かな町なのです。

水が豊かな町に住んだ事がある、もしくは少しの間でも滞在した事がある人は、分かると思うのですが、とにかく居心地がいいのです。

食べ物が美味しい?人々が穏やかで親切?子供たちが元気?よく眠れる?邪気がない?

色々体感した感覚を理屈にすることはできるのですが、なにはともあれ、一言で言うと気持ちがいいのです。

また、秋に行こうと思っています。

今度は、それほど長い期間滞在できないでしょうが
馬との一体感は、ある種のエクスタシーのようなものを感じます。

何かと一体になると言う事そのものが、エクスタシーなのかもしれないです。

相手が男性であろうと女性であろうと、子供であろうと、生徒さんであろうと、犬猫、植物、鉱物、魂の使命,、にいたるまで、対象は何であろうと、人は一体感によるエクスタシーを求めているのかもしれない・・・。





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2008年7月21日 (月)

乗馬合宿

乗馬の合宿に来ています。

外乗(自然の中を走る)ばかりで、基礎が全然できていなかったのが
悩みだったのですが、思い切って約一週間、乗馬クラブに通い詰めることにしました。

基礎というのは、自分の思い通りのスピードで
自分の行きたい方向に馬を動かす、ということなのです。

つまり、馬との対話をするために、馬語を学ぶようなものです。

走らせたり、歩かせたり、右に曲がったりUターンしたり、
こちらの指示通りに馬が動くように、馬の気持ちと折り合いをつけながら
話しかけて(身体で)いくのですが、馬は、バイクと違って生き物です。

こいつは勝手なことしても平気だな、
と馬が、私の方を、自分よりも下だと判断すると、態度がふてぶてしくなってくるのです。

で、私の場合は、1~2時間、馬に乗っていると、
段々、なめられてくるのです。

馬になめられるとどうなるかというと
まったく、こちらの言うことを聞かなくなってくるのです。
例えば、右に行こうと手綱を引くと、嫌だといって反抗して、逆方向にわざと行くのです。
で、それを「あ~、いっちゃった~」なんて、馬に合わせていると
段々、馬のほうも、増長してきて、勝手な行動をとるようになってきます。

こうなると、馬に負けているという言い方をされます。

馬に負けると、
馬が、わざと首を下に下げて、乗っている人間を落とそうとする場合もあって
ちゃんと操作できないと、危険なのです。

その操作の方法と、馬との折り合いの付け方などを
一週間でどれだけ身につけられるか、挑戦です。

もう梅雨が明けて、陽差しが鋭いナイフのように突き刺さってくるほど
暑さが半端じゃないので、
昨日は午前中、一回と、夕方から一回乗りました。

午前中は、メタメタで、馬がイライラして、言うことを聞いてくれませんでした。

スランプですね~、とインストラクターの人に言われ
暑いから、陽が落ちてからまたやりましょう、と、
午後は、夜の7時過ぎから、同じ馬に・・・・。

馬上から、優しくなでる風をうけていると、
馬を操作することなどすっかり忘れて、走っている自分がいました。

馬と一体となった瞬間、

気がついたら、もう、どっぷりと陽が暮れていました。

馬と私だけ別世界にいるような不思議な感覚で、
子供の頃の、何かに夢中になって別な空間で遊んでいたような
懐かしい何かに浸っていました。

星がキラキラと輝いているだけで、いいじゃないですか、

そんな気分です。









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2008年7月13日 (日)

びっくり企画

ちょっとびっくりして、思わず宣伝したくなってしまったのですが

フォーチュンソフトhttp://www.fsoft.co.jp/という、占いソフトの巨大マーケットがありまして、
私は、ここの会社の商品が好きで、
生徒さんにもここのソフトを持つように勧めているのですが、

そのフォーチュンソフトさんが、今秋か年末に、占星術のソフトの新作を発表する予定なのです。で、特別企画として、これまでの「西洋・インド・七星占星学プロ版」のソフトを、大幅に値下げして、数量限定で販売しています。

通常の値段が、¥38,250(開業用ライセンスつき)なのですが
これが、¥26,250で特価品として販売しています。http://www.fsoft.co.jp/tokka/index.html

で、なんと、なんとですよ!!

この商品を買うと、新しく発売される占星術のソフトを無料でプレゼントしてくれんですよ!!!

アンビリーバボ!!

『・・・この特価品をお求めになった方は、無料で新作ソフトを受け取る事ができます・・・』

と、HPにはあるのですが、

「えっ、まさか、値段を下げてんのに、更に新しいソフトを無料で???
っんな訳ないでしょう~~~」

と、よく文章を読み間違える読解力の低い私は、自分の目が信じられなくて
フォーチュンソフトさんに問い合わせてみました。

「あの~、HPの特価品コーナーの占星術のソフトは、
無料ってありますけど、あれは、新作が無料ってことですか?もらえるってことですか?」

と、聞きましたら、

『そうだよ、数量限定でね。』

これ、正直って、信じられないぐらいお買い得ですぜ。

占いの事がわからない人でも、フォーチュンソフトの商品は、
鑑定文章がソフトのなかに織り込まれているので、充分に楽しめるのです。

未来予知なんか、本当に細かく、親切に解説されているので
是非、¥26,250がある方は、なるべく早く購入される事をすすめます。

この特価品コーナーは、ある日突然、終わっていますから、ご注意を。
私にメールかお電話下さってもいいですよ。
即、在庫押さえてあげまっせ!

今日はなんだか、フォーチュンソフトの営業マンか
ジャパネットタカタの社員になった気分だ!









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2008年7月11日 (金)

夫の母が、亡くなりました。
94歳、大往生です。

夫の実家は、米どころ新潟の、農家です。

初めて遊びに行った時、畑に連れて行ってもらって
一緒に、ナスやトマトや枝豆、かぼちゃ、きゅうり、様々な野菜をいただきました。

もう、お歳(とし)だったので、腰が90度に曲がっている人でしたが
いやいや、元気元気で、
畑にくもの巣がはっていようが、草ぼうぼうだろうが、毛虫がいようが
雨露でぬれていようが、頭からずんずん潜入していって、

野菜たちに、
「おれがもうすぐ食べてあげるから、美味しく育ってくれや~」とか
「お前か!おれの野菜いじめているのは!」といって、毛虫にケンカ売っていたり
まるでそこに人がいるかのように話しかけながら、
楽しそうに畑仕事をするのです。

私は、初めてそれを見たとき感動してしまいましてね・・・。

「この人は、癒しの根元だ!」なんて。

夫の田舎は、みんなそれぞれ「自分の畑」というのを持っており
好きなものをそれぞれが育てているのですが
母の畑だけ、野菜の形が自由で、勝手で、思いっきり揃っていないのですが
妙にトマトやナスの色艶がよくって、パンパンに実が太って光っているのです。

食べると、「うそでしょ?」というぐらい、おいしい!

それまでは、よく、テレビで野菜をその場でそのままがぶりとやって
「う~~、甘くて美味しいです!」なんていうシーンを見ると、

やらせだ!と思っていました。

しかし、母の野菜はみんな味が濃くて美味しいのです。
他の家族の方の野菜は、普通でした。
母の野菜だけは、特別でした。

その後、季節になると田舎のほうで、
野菜をダンボールに入れて送ってくれるのですが
母が作った野菜だけは、パッと見て分かるのです。
イキが違うのです。

作る人で、こんなにも味が違うものかと・・。

その後、野菜に詳しい知人から聞いた話によると、
例えばトマトを作る時に、

「お前は、きゅうりだ、きゅうりだ、トマトじゃないぞ」と、何度も言って育てると
大きくならないどころか、トマトの赤が青っぽくなってしまう、というのを聞いたことがあります。

その時、やっぱり、母の声かけのおかげだ、と確信しました。

夫がまだ小さい