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2009年6月16日 (火)

天と地と人と何か

占いの星の解釈のしかたは、

自分の経験に基づく考えや感覚に合う理論だけ手にとって、
他は捨ててしまうという、
自分に占いの星を当てはめる方法と、

過去の経験や内なる自分の存在を否定してまでも、
占いの結果に自分を合わせて一時の安心感を得るという、
占いの星に自分を当てはめる方法と、

極端に分けるとこの二つになるのですが、
この二つのどちらかに偏っている限り、
いつまで経っても、
あちら側か、こちら側といった視点でしか物事を理解することができず、
全体を把握し、なおかつ個人を認めていく心構えを持つのも難しくなります。

自分中心に考えれば、全体や周囲に対する意識がかすみ、
逆に、全体や周囲に重きを置けば、個人の存在がないがしろにされかねないです。

こういった二極化的な考え方が、
私たちの成長を阻んでいる面があるのは、だいぶ分かってきていることですが、
知るとか頭で分かるのと、それを克服するのとはまったく違って、
こういった二極化の世界から完全に自由になっている人は、
私は見たことがないし、いたとしても本当に少ないだろうと思います。

だからこそ、それに取り組んでいく楽しさがそこにはあるのですが、
天と地の間に人がある、という考え方があるように、
何が天で何が地なのかを日常生活に当て込むことも、
二極の中心に立つ練習にはなると思います。

先ほどの占いに対する関わり方にしても、
自分に占いの星を合わせる方法を、地からのメッセージとし、
占いに自分を合わせる方法を、天からのメッセージとすることもできます。

ここで「天からのメッセージ」などという
格好のいい当て言葉に惑わされないで、
天と地と人との状態や関係などを
あちこち探してみるのも楽しい作業です。

昨日は天だったものが、
今日は地になっているとか、
あの人には天のモノが、自分にとっては地だった
などということもあります。

あるがままを見る、

二極化から解放されるにはこれが求められますが、
そのための技法を模索している限り、
なかなか近づけない領域でもあることは確かです。
それを言ってしまうと、すべてが空しく無に等しい、
となってしまいますが、
客観性を養うには、一つの練習にはなると思います。





















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