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2009年6月27日 (土)

自己認識

人というのは、本当に色々な要素をもっているもので、

例えば、

「私は人の人の気持ちがわからないので人間関係が長続きしない」

と悩み、自分に自信をなくしている人に、

「そんなことはない、あなたの魂はこれまでに多くの事を経験してきているので、
みんなよりもかなり大人性格なのです。
だから周りの人が一目置いてしまっているだけなので、
何もわからない孫たちと接するような、
寛容な気持ちで付き合うようにしてみてください。」

と、こんな会話をしたとすると、
やっぱり自分はダメだと思う癖のあった人が、
一ヵ月後にはびっくりするぐらい引き締まった顔をして、
別人になって現れることがあります。

また、自信満々だった人が自分の意見を言えなくなってしまうといった
この逆パターンもあります。

このぐらい自己認識というのは曖昧で、
他人の意見や態度に左右されるもろいものです。

自分はこういう人です、という決定的なものなどないのですから
占いの種類によって出されるさまざまなタイプ論などをヒントに、
いろんな人を演じてみるのもおもしろいものです。

今の自分にぴったり合うものを演じた時、
体中の血が生きいきと活性化されだして、
未来のビジョンなども描きやすくなったりしますので、
そう感じるものがあったら、それを数年でもやってみるのです。

ちなみに私は今、みずがめ座の星を演じるのが楽しくて、
テロリストなどとあだ名をつけられるとうれしくなってしまいます。
しかし30代半ばぐらいまでは、
うお座的な同情心や犠牲的精神などをウリにしたいと思っていたこともあったりして、
それを今やれ、と言われても、
それも悪くないけど、
なんだかそれだけじゃ楽しくないと思ったりしております。

人の脳がわずか数%しか使われていないと言われているように、
人の性格論なども、脳みそと同じぐらいのパーセンテージしかわかっていません。

ですから
「自分のここを直そう」とか「ダメだ」とか、
あんまり深刻に悩まないことです。
時間もったいないですから。




















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2009年6月23日 (火)

みなもと

セックスには愛が必要ですが、

愛にセックスが必要というわけではありません。

大切なのは呼吸です。














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かっこいい女

『かっこいい女になってくれ』

と、生徒さんの一人が夫に言われたそうです。

これが男性の本音です。

女性は、強くたくましく、かっこよく生きなければです。

『三歩さがって影踏まず』

『あなた色に染まります』

いつまでもこんな幻想にとらわれていたら、
男性はますますくたびれ果てて、
性のエネルギーも消沈してしまいます。

今のだらしない社会、
もしかしたらこんな洗脳をした過去に対する
密かなる男性の反抗かもしれない。

ツバメを10人ぐらい囲えるような
『粋な女』を目指して欲しいものですね~。























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2009年6月22日 (月)

愛の循環

愛に満ちあふれると、
人は憎しみや嫉妬からは解放されます。

愛のめぐりが滞って来ると、
あの幸福な人格者は姿を消して、
心が悪意に満ちてしまったり、
ジェラシーや独占欲や支配欲の奴隷になってしまいます。

このとき、無理に自分を抑えないで、
とことんエゴのかたまりになって、
暴れてみるといいです。

さんざん好き放題やってみると、
どれだけ自分は愛に満たされていたのだろうということが、
イヤというほど実感できます。

30才を超えたら、魂は血縁とは独立します。
親や育った環境はもう関係ないのです。

もともと生まれ持った魂を、これまでの環境から解放させるには、
他人からみると信じられないとか、
誰々さんらしくない、などと言われるような、
自分の中にあるもう一人の秘密にしておきたかった自分を表に出すのが、
けっこう近道だったりするのです。

ようやくそのとき、
魂とともに生きるスタート地点に立つことができるし、
愛も休みなく循環しだします。

愛が止まってしまったと思ったら、
人に嫌われるようなことをあえてしてみるといいよということです。

間違っても、育った環境のせいなどにして、
自分には愛情が足りないだとか、薄いなどと思ってはいけないです。
誰でも愛はあふれるほどもっています。



















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2009年6月17日 (水)

目覚める前に

自分のことを知りたい、気づきを得たいという動機で、

何かを学ぼうとする人は多くいますが、

実際そういう人と会って話をしてみると、

自分のことを知ってほしい、気づいて欲しい、

といった気持ちを強く持っています。

まずはその欲求を満たすことから始めます。














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2009年6月16日 (火)

天と地と人と何か

占いの星の解釈のしかたは、

自分の経験に基づく考えや感覚に合う理論だけ手にとって、
他は捨ててしまうという、
自分に占いの星を当てはめる方法と、

過去の経験や内なる自分の存在を否定してまでも、
占いの結果に自分を合わせて一時の安心感を得るという、
占いの星に自分を当てはめる方法と、

極端に分けるとこの二つになるのですが、
この二つのどちらかに偏っている限り、
いつまで経っても、
あちら側か、こちら側といった視点でしか物事を理解することができず、
全体を把握し、なおかつ個人を認めていく心構えを持つのも難しくなります。

自分中心に考えれば、全体や周囲に対する意識がかすみ、
逆に、全体や周囲に重きを置けば、個人の存在がないがしろにされかねないです。

こういった二極化的な考え方が、
私たちの成長を阻んでいる面があるのは、だいぶ分かってきていることですが、
知るとか頭で分かるのと、それを克服するのとはまったく違って、
こういった二極化の世界から完全に自由になっている人は、
私は見たことがないし、いたとしても本当に少ないだろうと思います。

だからこそ、それに取り組んでいく楽しさがそこにはあるのですが、
天と地の間に人がある、という考え方があるように、
何が天で何が地なのかを日常生活に当て込むことも、
二極の中心に立つ練習にはなると思います。

先ほどの占いに対する関わり方にしても、
自分に占いの星を合わせる方法を、地からのメッセージとし、
占いに自分を合わせる方法を、天からのメッセージとすることもできます。

ここで「天からのメッセージ」などという
格好のいい当て言葉に惑わされないで、
天と地と人との状態や関係などを
あちこち探してみるのも楽しい作業です。

昨日は天だったものが、
今日は地になっているとか、
あの人には天のモノが、自分にとっては地だった
などということもあります。

あるがままを見る、

二極化から解放されるにはこれが求められますが、
そのための技法を模索している限り、
なかなか近づけない領域でもあることは確かです。
それを言ってしまうと、すべてが空しく無に等しい、
となってしまいますが、
客観性を養うには、一つの練習にはなると思います。





















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2009年6月14日 (日)

モノクロ写真

例えばカラー写真よりもモノクロ写真のほうが印象を揺さぶられ、

多くのことを語りかけて来るように感じる人は多いと思います。

こういった感覚を占いに当てはめてみると、

細部をミクロ的に色付けして解明していくのもいいですが、

シャッターを切った今の自分をモノクロ的に受け入れて、

色づけは自分で自由に膨らませてみたほうが、

かえって、己に向き合う根拠のようなものができて、

色彩に惑わされない本質を発見できたりするものです。

精度が増せば増すほど、

見えなくなってくるものもあるということです。

答えなんて、教えてもらわないほうがよっぽど楽しいし、

出来がいいものほど、何だか疑わしい。
















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2009年6月11日 (木)

渇き

時間とか空間とかというものが存在する限り、

終わりという表現は使いたくないといつも感じるのですが、

ただ時々、限度というか、境のようなものを迎えるときがあって、

そのときに、どこかか、もしくは全体がいっとき空になる。

空になると、のどが渇くような渇望感が生まれ、

渇けば渇くほど、欲しくなる。

そうすると、どこからか活力のようなものが出てくるのですね。

こんな状態のとき、人はたまらなくセクシーになると思います。












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2009年6月 8日 (月)

エイミーヒロ

http://eimihiro.hanagumori.com/index.html

おすすめブログです。

この方は今年の春、冷え切った夫との生活に見切りをつけて、
別居を始めた主婦の方です。

彼女には、彼がいました。

初めに会ったころは、彼がいることなんて絶対人には言えないと、
誰にも言わないでくれと、頑なに秘密にしていましたが、
今は、別居に至るまでと現在の様子を
このブログに包み隠さず正直につづっています。

彼女のした行為は、一般常識とか世間という催眠にかかっている人には
かなり許せない行いとして映るかもしれませんが、
自分がしたことを、ブログ上に公表することによって、
誹謗中傷の真っ只中に自ら飛び込み、
煮るなり焼くなり好きなようにしてくれといった、
開き直りと、ある種の覚悟がここには見て取れます。

自分を大切にした結果です。

彼女はこれからもっともっと、
子供や別居中の夫、
今付き合っている彼、
世間体を重んじる母、
そして自分自身を愛することができるようになります。












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呼吸

「やりたいことをやったほうがいい」

いつも私はこう話すのですが、
そうは言っても、今おかれている環境や身近な人のことなどに一切かまわず
やりたいことをやるというのはかなり難しいとか、
それはやってはいけないことだと思っている人が多くいるのが現実です。

私がこう話して、即座に「難しい」とか「それは無理」などと思ってしまう人は、
「やりたいこと」というのが明確になっていないとか、
まだその思いが沸騰するほど煮詰まっていない状態のことが多いのですが、

「本当にそんな勝手なことしてうまく行くかな~」などと、
不信感を抱きながらも付き合いが半年以上続く人というのは、
ある時、何らかの機会を見つけ、
あれほど無理だと思っていた世界に大きくジャンプしてくれるのです。

このときに、
「うまくやろう」とすればするほど、望みに反して
最悪の出来事や、行き詰まりを経験することになり、
「やっぱりやりたいことをやったからバチが当たったんだ」などと、
最悪のパターンに、あきらめと挫折の道を探し始めたりもするのですが、

それでも全身大粒の涙を流しながらも、
その道を突き進むことができれば、
うまくやろうとしていたことなどすっかり忘れてしまって、

今度はあれだけ遠くにいた、なりたかった自分が、
すぐそこまで来ていることに気づき、明かりがさしてくるのです。

これは経験しないとわからないことですが、
最悪の事態という『闇』を突き抜けることによって、
進化という『光』に出会うことができるのです。

『光と闇』とは、陰と陽であり、
吐き出したり吸収したりを繰り返す呼吸と同じで、
これを繰り返せば繰り返すほど、
命というのは燃え盛っていくことになるのだと私は思っています。

とりたてて進化にとらわれすぎる必要はないですが、
やりたいことがあるのなら、なりたい自分がいるのなら、
闇を恐れて呼吸をとめてはいけないよ、ということです。














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2009年6月 7日 (日)

解放運動

女性が自由にたくましく生きていくことを選び始めたら、
男性ももっと自由に個性を発揮することができます。

例えば夫婦の場合、
あなたに合わせるから、お給料運んできてね、
では、男性は社会の常識や理不尽な上司の言いなりにならなければ
家族を養うだけのお給料を運ぶことはできない人が大半で、
一生浮かばれない。

最近の男はだらしないのではなくて、
女性が男性に媚びたり寄りかかっている態度と同じことを、
男性も社会に対して言いなりになったり、媚びたりしてしまう、

女性が少しでも自立心を養う努力をすれば、
満員電車に揺られている顔色の悪い男性も、
少しは、
「何かあったら上司にケツまくってもいいかも・・・」
と人生に希望が持てる可能性があります。

支えあうのと、寄りかかるのはまったく違います。

例えば家庭の主婦に、
今から働き口を見つけて経済的に自立しろ、
といっているのではなく、
何があっても私は生きていける、
ぐらいの精神的な自立心をもてるよう、
自分を信じる力を何かの形で得ることが大切です。

女性は柔軟です。
変化や状況の対応能力は
男性より女性のほうがはるかに高いです。
そういった意味からも、女性は強い生き物です。

女性が変われば男性も変わり、社会も変わります。

女性が変わらないのに男性が変わるのは無理です。

まずは女性が、常識や世間体などから解放されて、
もっと元気に、そして自由にやりたい放題したほうがいいです。
失敗しても痛い思いをしたとしても、
立ち直る思考回路は男性よりもしっかりと持っています。

やりたいことをやっている女性のほうが、
愛する男性をしっかりと支えてあげることができます。




















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2009年6月 5日 (金)

神さまの贈り物

本当にどん底というか、ひどい精神状態のときに、
神に祈りを捧げる心の余裕のある人はいるのだろうか。

神に祈りを、と思えるほど余裕のない切羽詰った状態のときこそ、
最高の神の贈り物をもらっているときではないだろうか。

今日の生徒さんは、そんな風に私に教えてくれました。
















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2009年6月 4日 (木)

決まらないとき

何かを決断しようとしても決まらないときは、
何かに期待しすぎている証拠でもあるのです。

決断力のない人、
決断できない時期などは、
その決断しなければならない事柄よりも、
もっともっと下のほうにある
何かに期待している欲の部分に目を向けた方がいいです。

欲求不満や優柔不断のモトがよくみえてきます。













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