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2008年10月30日 (木)

命を知る

心と魂がかけ離れると、

必ずそこにひずみが生まれます。

心が、人を幸せに導き、そして不幸にも導くのです。

心には聖も邪も住んでいます。

それは、時には、魂の望みに反抗して幻想を抱かせます。

魂の望みを知り、

心の働きを正常にもどすために、

占いの「命(めい)」を学ぶことは、有効な手段となります。

「命」とは、魂のことです。

















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リセット

心にマイナスを蓄積すれば、魂は汚れます。

ですから魂はマイナスをひどく嫌うのです。

そして、この汚れは自分自身を不幸にするどころか
自分の周りにいる人達をも、確実に不幸にします。

魂の進化の過程で、いったんすべてをリセットしなければならない時があります。

このとき、執着を捨てることができれば、
魂は喜んで進化していくことができます。













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2008年10月28日 (火)

進歩するために

自分を知るということは、

「私は、これこれこういう人間です」と限定するのではなくて、

自分というあらゆる側面の中心に立つことです。

もし、大きな軸が縦と横の十字に組まれているとしたら

その交差する辻の場所を知ることが、自分を知るということです。

そして、いつどんな時でも、その中心に立ち返ることができるようになることが大切です。

例えば占いによって、

私は、甘くて冷たくて紫色のような性格をしています、

と、自分のいくつかの側面を知ったのなら、その中心点を探すことが大切です。

その中心軸さえ自覚できれば

自分を無限に進歩させることができるのです。

どんなにバランスが悪くても、必ず中心軸はあります。









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2008年10月27日 (月)

若大将

「ふたりを~夕闇が~」と歌う俳優さんが、
パチンコのコマーシャルに出ているのですね。

私は、あまりTVを見ないので知りませんでしたが、
びっくりしました。

本当かどうか知りませんが、
この方は多くの借金を抱えているという話を聞いた事があります。

私は、こういうボンボンタイプというか、
スマートなヤツというか、ヤサ男というか、
そういったタイプの人にはまったく関心がないので、
この俳優さんにも、興味がなかったのですが、

本当のところは何も知りませんが、
もし、何らかの事情で抱えてしまった大借金の返済のために
過去の栄光やプライドなど一切かまわず、
片っ端から仕事をうけているとすると、
その必死さに、「ジーン」とくるものがあります。

私が神様だったら、
こういう人に霊格昇進の通知を出したくなってしまいます。


※本当のところは何も知らないので、私の勝手な想像です。すんません。
















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2008年10月26日 (日)

私なんてまだ・・・

『まずは自分を磨いてから、人を助けたい』

『自分のことが何もできないのに、人のことなど今はまだ・・・』


こんなセリフがあります。

これを言っている以上、いつまでたっても成長することはできません。

人は、人によってしか、教え学ぶことはできないのです。

自分を磨くつもりで、人を助ける、
自分が何も出来ないから、人とともにできるようになるのです。


たった今から、やりましょう。



































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素直に生きる

自分に絶対的な自信を持って生きている人など、
この世の中に一人もいません。

自信を持って生きるというよりも、
素直に生きる道を、多くの人に選んで欲しいと思います。













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直観

直観やある種の勘というのは、どんな人にも平等にあります。

直観というのは、我が身を導くために働いているのだと思います。

ですから、自分の直観に従って「しまった、失敗した・・・」、と言う人は、おそらくないでしょう。

しかし、「しまった、やっぱりこうなる予感がしたんだよ。」と、
直観(無死が知らせている)をキャッチしているのにそれに従わなかった場合に、
悔しい思いを経験した人は多いと思います。

直観を素直に受けて生きている人というのは、
自分の生きるスタイルをしっかりと持っているタイプの人です。
つまり、あーだこーだ考えて悩まなくても
自分は、「こうするんだ!」と決められる人です。

こういう人は、社会的に成功者になっているとか、
精神的にも経済的にも豊かに生活している人がほとんどです。

直観を大事な場面で活かしきれない人というのは、
自分のスタイルをまだ確立できてない人たちです。
こういう人達が、占い師の門を叩いて
自分の人生スタイルをたずねてきます。

これを続けてしまうと、ますます直観を感じる力が弱まってしまいます。

しっかりと直観とつながるために、
自分のことは、自分で決めるようにしなければなりません。

どうしたらいいか分からなくても、ひとまず決めてそれをやってみる、
これを何度か練習すると、
「やっぱりだめだ、これ失敗だよ・・・」と感じる時期が必ずあります。
が、
それでもめげずに続けていくと、
それは必要な出来事だったという方向に転換してきます。

直観は、そうやって使うというか、磨くといいです。






紅竜の持論として、
多分、「失敗」という言葉は、この世の中に存在しないのではないかと思います。
そうすると、「成功」という言葉もいらない。
そこに惑わされてはいけない、
多くの洗脳が語られていますが、これらの言語も洗脳のひとつで、
成功を望むから、無用な失敗感が生まれるのです。
全ては目標に向かっていくための一つのプロセスです。
これは私の人生スタイルですが。。。














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2008年10月22日 (水)

無死

「虫の知らせ」

というのは、本当は、

『無死の知らせ』と書くのだそうです。

死の無い世界からの知らせということで、

虫が飛んできたからって、

「おっ、ご先祖様が何か伝えに来たぞ!」

と言ってはいけませんです。





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2008年10月21日 (火)

ここのところつくづく思うのですが、

人に忠告したり、文句を言ったり、批判したりしている内容というのは、

そっくりそのまま自分に向けると、

これがまた、見事に自分のことなんですね。

他人をほめている場合も、同様です。

自分の中にあるものをほめているのです。

自分がよく口にしてしまう批評や批判というのは、

自分も、まったく同じ批評や批判をされていると思って間違いないでしょう。

直すのは難しいにしても、気がつきたいもんです。












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2008年10月16日 (木)

粋なおんな

私のところに来てくださっている生徒さんで、ホステスを本業としている方が数人おります。

その中の一人のかたは、銀座に出ています。

この方は、占いの知識はかなり豊富で、
最近は、カウンセリングが中心のレッスンになっていたのですが、
私が、占いに関して、この方のお役に立てることはもうないのでは?
と、少し遠慮をしていたのです。

先日、この方のレッスン日だったのですが、

「こんにちは~、」とお部屋に入ってきて間もなく、

「紅竜さん、今日は飲み物いただくわ、コーヒーか何かあります?」

と、言われたのです。

私のところは、セルフで、
みなさん、自分で勝手に飲み物を入れていただいているのですが、
この方はいつもペットボトル持参で、サロンの飲み物には手をお付けにならなかったのです。

私は、このときコーヒーを入れながら、
『なんて素晴らしい気配りをしてくれる人なんだろう!』と、えらく感動してしまいました。

少しずうずうしく振舞って、
相手の負担を軽くしてあげようという、
なんとも遠まわしで分かりにくい気配りですが、
こういう気づかいできる人だからこそ、この方のお店は繁盛しているのでしょう。

久しぶりに、『粋なおんな』を、見た気がしました。














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2008年10月15日 (水)

理数系と文化系

今回ノーベル賞を受賞した3人は、みんな「庚(かのえ)」という星を持っていたそうです。

「庚(かのえ)」というのは、「金」の性質を持っています。

この「金」というのは、

「木・火・土・金・水」という5つある中の、一つです。
人の体はこの五つの要素で成り立っており、
この五つの中の、どれが強くて、どれが弱いのか、
それらののバランス状態で、その人のタイプや生き方が変わってきます。

これを五行説ともいうのですが、

この中で、「金・水」の性質を強く持つ人というのは、理数系、

「木・火」の性質を強く持つ人は、文化系、

「土」は、言語や数字ではない、音とか色の世界、


こんな特質を持っている傾向があります。

ノーベル物理学賞などは、「金・水」の出番なのかも知れません。

しっかり調べたわけではないので、かる~く、そんな傾向がある、ぐらいにしておきます。



死んでしまった、ロス事件の「三浦和義さん」(あえて「さん」とつけます)は、
「火」のとても強い性質をしています。
私は個人的にこの事件にはとても興味を持っていたので、
サイパンでの手記など、出版されたら読んでみたいと思っています。

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2008年10月14日 (火)

会話

最近、よく人身事故があります。

先日、知人が転職をして、
その転職先で、企業カウンセラーという人の話を聞くことになったらしいのですが、
そのカウンセラーの開口第一番が、

「みなさん、ホームの端は歩かないようにしてください。」だったそうです。

この話を、あるIT企業に努めている知人に話したら、

「本当にその通りですよ。いつ、飛び込んでもおかしくないやついっぱいいますよ。」

と言ってました。



朝から晩まで、パソコンに向かって、
同じフロアーで働いている社員はいっぱいいるのに
会話が全くないのだそうです。

人は、頭中にあるものを、話をするなり書くなりして一旦外に出さないと
本当は脳の中に何があるのか、分かっていないのだそうです。

話をするということは、他人とのコミュニケーションという作用もありますが、
自分の脳みそを整理するという意味でも、とても大切なことなのです。

「聞いてね、聞かせてね」と、
と、そこにいる人と交流しながら、
人は、自分の魂の所在を無意識に確認しているのだと思います。
会話が無くなると、魂もどこにいるのか分からなくなってしまいます。

魂と肉体をつないでいるのが、心です。

その心をいつもバランス良く、フラットな状態においておくためには、
話したり聞いたりする、会話が必要なのです。










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2008年10月13日 (月)

先生ほど

先生や教える立場ほど、

多くのことを学べる職業はないと、私はよく思います。

教える立場に立つと、教わる人達、つまり生徒さんに

なんと多くのことを学ぶことになるのか、

本当は、先生というものは、教わる側なのではないかと、
心から生徒さんに感謝したくなる時があります。

ぜひ、多くの人に、何かを教える立場に立ってもらいたいと思います。

親などは、その代表かもしれません。












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線の太さ

頭がよくて、色々知識があって、臨機応変な対応ができても、
どこか、存在の重みがない人がいます。

その反面、特別な技術や知識や学がなくても、
なぜか一目置いてしまう人がいます。



違いは、線の太さ。

線は、経験によって養われます。

ただし、どんな経験をしたかではなく、経験をどう消化したかが問題です。

色々経験しているけど、線の細い人がいる。存在の軽い人がいる。

そんな人は、ただそこを他人事のように通過するだけで、真剣みが足りない。



何があっても揺るがない、おのれの線を太くするためには、

やり始めたら、とことん真剣に取り組むことです。

経験を積むとは、こういうことだと思います。














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2008年10月10日 (金)

もっとこうするといい

「こうするといい」

と分かっていても、やらない。

「本当は、もっと掃除するといいんだけどね~、」
「本当は、もっとマメに連絡するといいんだけどね~」
「本当は、もっと早起きするといいんだけどね~」
「本当は、もっと○○するといいんだけどね~」
と、多くの人が、自分自身に対してこう言います。

私の知人で、この言葉を
「あんた、もっとこうしろ!」と、他人に対しては言っても、

自分に対しては言わない人がいます。

この場合、『お前に言われたかない!』という、自分を棚に上げている人もいますが、

その人は、自分が、「もっとこうするといい」を、やっているんです。

その部分、見習いたいと思います。













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2008年10月 8日 (水)

甘え

もう4~5年は、会っていない知人のブログを、昨晩何気なく読んでみたのですが、
かなりひどい精神状態のようで

「ふざけるな」だとか、「いい気になるな」など、

2~3行読んで、元気が吸い取られてしまうような内容が羅列されていました。

『うわっ、なんだこれ』、と、
その知人の近況でも探ってみようと思ったのですが、すぐ消してしまいました。

こういう言葉や感情が起きる時や、人というのは、
依存心や甘えが強く自分の中を占有しています。

そして周りを眺めると、同じような人たちが集まっています。

友人や恋人、夫婦などは、
その人そのものを物語るかのように、
似通ったというか、同類といった人たちで形成されます。
グループのようなものです。


自分がどんなグループに所属しているのか、
時々、天に昇ったような目線でぼんやり全体を眺めてみると、
神様が自分に云わんとしていることがわかるような気がします。

そのグループのなかで、言い合ったり、競って自分が抜きん出ようとしたところで
五十歩百歩というか、同じ穴のむじな、のようなものです。
「私は、あいつとは違う!」と思っていたって、上のほうから見ると、
「あんたもおんなじ!」で、
あいつというのは、紛れもなく同じグループにいる人です。
こういう意識がある間は、まだ、「あいつ」とは同類だと思ったほうがいいです。

それよりも、全体を底上げするような、協力意識を持つことができると
知らぬ間に、付き合う人物に変化が起きて、
自分の周りに新しいグループが形成されます。

協力し合える関係は、甘えがありません。
そして、長続きします。














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寸暇

『寸暇』

これをどう使いこなすかで、価値が違ってきますね。

時の流れは万人に共通なようでいて

『寸暇』を使いこなせる人には

一秒が、一分にも一時間にも一年にもなったりします。

私の生涯の課題の一つです。














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2008年10月 5日 (日)

なんとなくの直感

髪の毛がボサボサになってしまい、
先日紹介された、埼玉の和光の美容院まで行く時間をつくれなくて、
他の人に紹介してもらった、赤羽の美容院なら途中下車でいけるので、
今日は夕方の時間が作れたので、
そこに行ってみようと思い電話で場所を問い合わせてみました。

だけど、どうも普通の美容院の雰囲気がしなくて、
(私)「これからお伺いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「はい、どうぞ」

(私)「じゃあ、これから40分後ぐらいにお伺いします。予約はしなくていいのですか?」

「え、ええ、結構です」

名前ぐらい聞かれるかと思っていたのですが、??という感じで、

(私)「初めてなので、赤羽からの行きかたを教えてください」

「あ、パン屋さんがあるでしょ、そこを左に曲がって・・・」

と、無愛想で、慣れていない感じで、
一瞬、これはやめたほうがいいかな、とよぎったのですが、

こちらは、赤羽駅の事をよく知りませんので、
もう少し詳しく教えてくださいと聞いて、赤羽に向かいました。

だけど、赤羽駅を降りてから、どうも説明と合わないので
もう一度美容院に電話をしたら、

なんと、

「あなた、いったい何ですか?○○学会か何かの勧誘ですか?」

といきなり怒られてしまった。

私は、びっくりしてしまいました。
そっちこそ、何なんだ!やる気あるのか?と。

ここのところ、「なんとなくやめておいたほうが・・・」というのが良くあるのですが、
やっぱり、確かめなければいつまでも気になる性分なので、
ひとまず行動してみるのですが、
「なんとなく・・・」が当たり、現実は「はずれ」、が多いです。

夏から、紫微斗数推命の本を書いていて、ダメだしを何度も食らっており
(年末には刷り上る予定です、結構面白い内容になっていると自負しています。)
期限が迫ってきているプレッシャーから逃げ出したい衝動が
ほかの事に気を散らして、
「なんとなく」の直感を鈍らせているんですね、
そんな自分を省みるいい出来事でした。

目の前の現状から逃げ出そうとしている時は、
見事に、何をやっても「はずれ」ますね。

もうしばらく、ボサボサあたまのまま、踏ん張るか~。














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2008年10月 3日 (金)

気づいていない可能性

生年月日で導き出される様々な命式やら、命盤やら、チャート図やらを、
読み解く作業が占い師の一つの役割ですが、

この作業を、多くの人に自分でやって欲しいという思いが私にはあります。

命式や、命盤や、チャート図には、限りない可能性が秘められています。

この自分自身の可能性を発見するには、自分の意識の広がりや、
成長度などがかなり密接にかかわってきます。


人類の進化とともに、土星以遠の惑星が次々に発見されたように
個人の進化に伴って、今まで見えなかった自分の中の可能性が見てくるようになるのです。

これは、他人様にはできない作業です。
他人様に任せているなんて、もったいないことです。

今、目の前にあるテーマをきっちりと消化していくことによって、
はるか昔から、ずっとそこにあったのに、気がつくことができなかった
星(可能性)の存在や、働きを発見することができます。

例えば、車を運転できるようになる前と、
運転するようになった後では、道に対する感覚がまったく違ってくるように、
白バイやパトカーの存在に、「おっと、あぶねー、いやがったな」と敏感になるように、

穴ぐらに入っていると、太陽が昇ったり沈んだりしていることすら知らずいるように、
その人の置かれている意識の領域を広げるとか、高めるとか、深めることによって
自分の中のとんでもない可能性に気がつくことができるのです。

「こんなことしてみたいけど、自分にできるのだろうか・・・いじいじ・・・」

こんな風に思ってしまう人は、占いに後押ししてもらうといいのです。
「やってみたい」と思うことは、
「やっと気がついてくれましたか、ご主人、いよいよあっしの出番ですね!」というように、
必ず、その人の中に、それを発動させる星があるのです。

占いの醍醐味というのは、こんなところにあるような気がします。













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